倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第169回
20世紀に入って、物理学の世界でとてつもない変革が起きた。アインシュタインにより二つの相対性理論が打ち立てられ、超ミクロの世界を説明する量子力学が生まれたからである。
2024年6月、国連総会はユネスコの提案で、2025年を量子の科学と技術の100年を記念する国際年と決議した。専門分野は広く「物理学、化学、物質科学、生物学、情報科学に及ぶ量子サイエンスとテクノロジー」となっている。知識の革新をもたらした科学の事例として「太陽はなぜ輝くか」「磁石はどう働くか」「化学結合で原子はどう結びつくか」「宇宙での銀河分布のパターン」を挙げ、技術としては「エレクトロニクスでのトランジスター」「グローバルな情報通信を支えるレーザー」「照明に革新をもたらしたLED」が採りあげられた。
国連決議の「記念年」にはかならず洒落たロゴマークが作られてきた。国際量子科学技術年のロゴマークは、紐が絡み合った様子を描いたもので、「量子もつれ(quantum entanglement)」を象徴する図柄である。この現象はまことに不可思議で、魅力に富んでいる。そもそも最小の物質単位である量子は、粒子の性質と波動の性質を併せ持っているが、超ミクロのその領域では、われわれが知る日常世界とは異なる物理現象が起きているのである。
たとえば、量子を観測すると、一つの状態だけではなく、複数の状態を取ることがある(量子重ね合わせ)。いわゆるデジタルの世界ならば、1ビットは通常0もしくは1のどちらかの状態になるが、量子力学の世界では、0でもあり1でもあり、測定してみなければわからない、という現象が起きている。つまり量子は、0という状態と1という状態を同時にとりえるのだ。
さらに不思議なのが「量子もつれ」で、量子同士が相互作用をすると、非常に強い相関を示す。そのため一方が1ならばもう一方も1、反対に0ならば0の状態を示すということが事前にわかっているならば、一方を測定すればもう一方の状態が確実にわかる。もつれあった状態にある二つの量子は、どんなに離れていても光の速さを超えて、瞬時に影響を与える。
アインシュタインですら不気味だと評した「量子もつれ」が、ようやく実験によって証明された。その功績がとりわけ大きな3名に、2022年のノーベル物理学賞が贈られている。しかし証明される前から、「量子もつれ」を応用した技術開発は盛んに行われてきた。「量子コンピュータ」「量子通信」「量子計測」「量子ネットワーク」等々、恐るべきイノベーションはとどまることを知らない。
筆者のようなあわて者は、量子の世界の解明によって、人の意識や心の謎も解けてくるのでないかと期待してしまう。もしかすると、恋心の由来にしても、テレパシーや占い、念力や予知夢、さらには死後世界や生まれ変わりまで、解明される日がくるかもしれない。
それにしてもこの世は不思議に満ちている。神秘にあふれている。謎の解明を楽しむ前に、無数の不思議に対して素直に驚ける感性を、失わないようにしたい。
(次回は5月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『これが倫理経営─ダイジェスト・倫理経営のすすめ』(倫理研究所刊)。