倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第176回
以前ある文章に「愚妻」と書いたら、それを読んだ中年の女性から「あなたが書いたものを読んだけど、愚妻はないでしょ。女性を馬鹿にしている」と文句を言われた。
オー、マイゴッド。愚妻とか愚息は、愚かな妻とかバカ息子の意味ではありません。「愚かな自分の妻(息子)」という謙遜の表現であります。
ちなみに親鸞聖人は自らを「愚禿親鸞」と呼んだ。「禿」とははげ頭、すなわち僧侶の意味。出家はしていても愚かな凡夫であることを謙虚に「愚禿」と称した。
平素から女性差別の撤廃を訴えているある女性に年齢を尋ねたら、「女性に歳をきくなんて失礼な…」と叱られたこともある。差別しているのはどちらであろうか。
性差別はもちろんあってはならない。しかしそればかりに固執すると、愚妻の文字をみるだけで頭に血がのぼってしまう。無意識に性差別している自分に気づかないこともある。
去る10月21日に、日本で初となる女性の首相が誕生した。各メディアは「女性初」を連呼して報道するので、食傷気味になってしまった。浅学ゆえに「ガラスの天井」という表現もはじめて知った。女性の社会進出を阻む目に見えない障壁を表す言葉だという。その厚い天井を高市早苗氏が、3回目の挑戦でついに破ったのである。
高市内閣の発足に、海外メディアも「画期的」と高い関心を示した。イギリスのデイリー・テレグラフ紙は「日本は『鉄の女』を選出」と報じたという。G7では、アメリカの女性大統領は誕生していないから、アメリカに追従ばかりしてきた日本としては確かに画期的である。
それはともかく、高市氏に関する報道で前々から気になっていたのは、彼女に「極右」とレッテルを貼るライバル政治家やメディアがあることだ。
たとえば新総理誕生の翌日、社民党の福島党首は国会内での定例会見で、「内閣史上、最悪の内閣になりうると思っています。極右政権、ファシスト政権という人もいますが、ものすごい極右政権ではないでしょうか」と述べた(Yahooニュース)。
そこまで発言するのは常軌を逸しているが、いわゆるリベラル系の新聞にも「極右」の文字が躍っていた。それに乗じて中国や韓国でも「極右のトップが生まれた」と報道する。「保守」と呼ぶならともかく、「極右」とは相手を一方的に危険人物と決めつけて貶めたいからにほかならない。
安倍晋三元総理に対しても同じレッテルが張られてつづけてきた。たしかに高市総理は安倍元総理と思想信条の近い政治家だが、どうしてそれが「極右」なのか理解に苦しむ。
過激なレッテル貼りの背後には、特定のイデオロギーに導かれた憎悪と不安の心理が見え隠れしている。新総理は、そんなレッテルなど気にすることなく、就任記者会見で述べた「国家、国民のため、結果を出していく。強い日本を作るため、絶対に諦めない」の姿勢を貫いてほしい。
戦後80年を期して、日本が生まれ変われる方向に舵を切れるかどうか、その鍵を握っているのは国民自身にほかならない。
(次回は2026年1月1日号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『これが倫理経営─ダイジェスト・倫理経営のすすめ』(倫理研究所刊)。