倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第177回
童謡「森のくまさん」は子供たちに人気がある。オリジナル曲はアメリカ民謡で、馬場祥弘という人が日本語訳詩をつけた。それをパーマ大佐というお笑い芸人が、新たな訳詞を追加してシングルCDとして2016年に発売したところ、著作権法を根拠に販売差止めと慰謝料などを請求する騒ぎが起きたという。
この騒動は和解されたそうだが、クマと出会った場所を「森のなか」から「街のなか」に変えてもおかしくないほど、昨年はクマの出没が東北や北海道で頻繁に起きた。それまでも秋の主食である複数種のドングリ類が不作だと、クマたちは行動する範囲を広げる傾向があった。カキやクリやクルミの実、放棄された果樹、電気柵が設置されていない畑のカボチャなどを求めて民家に近づく。
昨秋は今まで出没が確認されなかった市街の中心部や住宅街に現れ、日中でも悠々と動き回る姿が確認されている。クマが人を襲うのは、身を守るためや子グマを守るためだと考えられていたのだが、どういうわけか、複数人で行動していても襲われたり、最初から意図的に攻撃してくる事例が各地で発生してきた。いったいどうしたのだろう。
去る11月3日に仕事で秋田市に出向いた。研修会場は秋田駅の目の前にあるメトロポリタンホテルである。なんとその日、同ホテルから300メートルほどの所にある千秋公園で、2度目になる目撃情報があり、直ちに立ち入り規制が発せられたという。
研修後の食事会でも、翌朝のフリートークの時間でも、話題はクマのことばかり。なにしろ秋田県はクマの出没が岩手県に次いで多く、犠牲者も出ている。昼間でも県民はおちおち屋外を歩けない。
クマの生態や習性もいろいろ知り得た。たとえばクマたちは人間と同じように、足のかかとを地に着けて歩く。犬や猫は歩くときにかかとを着けない。かかとを着ける習慣があるクマは、すぐに立ち上がれるので、人間が立っているとクマも立って襲ってくるため、致命傷を負いかねない。クマが繰り出すパンチ力は、ヘビー級のプロボクサーでもかなわないとか。人間の頭や顔など簡単に潰されてしまう。そんな被害が各地で発生した。昔から「クマに遭ったら死んだフリをしろ」と教えてきたのは、それなりの根拠があるのだ。
またクマはイヌの5倍も6倍も嗅覚が鋭い。ある人がベルトに何かをぶらさげていたので尋ねると、「クマよけスプレー」だという。クマが嫌う猛烈な臭いを発して撃退するのだとか。そのスプレーはアメリカ製で、通販で1本2万円もしたらしい。しかし、もし突然近くにクマが現れたら、スプレーを手にする余裕などないだろう。
ともあれ、昨年、クマが人を襲って殺すようになったのが過去最多なのはどうしてか。
百獣の王はライオンだというが、日本にライオンはいない。クマこそが日本の陸上動物ではもっとも強い。そのクマたちが百獣を代表して、勝手に環境破壊を進める人間中心の現代文明に対して真っ向から叛逆し、警鐘を鳴らしている──そう思われてならないのだが。
(次回は1月10日号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『これが倫理経営─ダイジェスト・倫理経営のすすめ』(倫理研究所刊)。