〈コラム〉リニア文明の長所を活かして

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第86回

日本の国土は南北に長い。3000キロもある棒状列島である。1月に沖縄でサクラが開花すると、約半年もかけて北上していく。インドネシアは日本より1000キロも長いが、東西に延びるので季節は一つしかない。

日本は国土が細長く、大部分の人々が海岸線や河川に沿って線上に居住しているため、直線的にレールを敷設する鉄道は効率的な交通機関となる。世界に誇る新幹線はいまや鹿児島から函館までを、たった2回の乗り換えだけで結んでいる。そうしたリニア文明がおのずと築かれてきた。山が多く海が隔てる列島なので、トンネル掘削や架橋の技術はたちまち世界一となった。

英語のリニア(linear)とはlineの形容詞で「直線の」といった意味である。一般のモーターは円筒状と円柱状の固定子と回転子から成るが、それを帯状にし、回転運動の代わりに直線運動をするようにしたのがリニアモーターである。JRは早くから超伝導リニアで駆動する鉄道の開発に取り組んできた。リニア中央新幹線の実現は遠い先のことだと思っていたら、10年以内には開業の予定とか。時速500キロで走行するので、東京~大阪間がやがて約1時間で結ばれるとは夢のようだ。

リニア文明では、列車を効率的に行き来させるため、時間通りの運行がなんとしても求められた。初期の鉄道はほとんどが単線なので、余計に上下線を運行ダイヤ通りに走らせなければならない。そこから生まれた「定刻主義」やスピーディーな行動が、世界を驚かせることとなった。

JR東日本の子会社で、新幹線の掃除を担当している鉄道整備会社(通称テッセイ)が「奇跡の7分間」と世界から注目されるようになって久しい。列車がホームに入る3分前に、1チーム22人が5~6人ほどのグループに分かれて、ホーム際に整列する。列車が入ってくると、深々とお辞儀をして出迎え、降りてくる客に「お疲れさまでした」と声を掛ける。そして7分間の清掃に入り、座席数約100ある1両の清掃を1人が担当する。清掃を終えると、チームは再び整列し、ホームで待っているお客様に「お待たせしました」と声を掛け、再度一礼して、次の持ち場へと移動していく。

ちなみにJR東日本で運行する新幹線は1日約110本、車両数にして1300両だという。「奇跡の7分間」が実現できるのも、定刻主義に支えられてのことだ。テッセイを視察に訪れる外国のメディアや企業が増え、スタンフォード大学やエセックス大学の学生たちが来日し、制服を着て掃除の研修を受けた。効率だけでなく、列車に深々とお辞儀をする「礼」の精神も大変に刺激的だったという。

そのような話を耳にすると、自分の国を誇りに思う。しかしまだ、定刻主義や「礼」の精神が日本社会の隅々にまで行き渡っているとは言えず、もっと成熟させる必要がある。リニア文明の長所を活かすと共に、単調な直線的思考にばかり陥らないよう注意も必要だ。一歩退いたり、回り道をするのが、効率を高める場合もある。効率一辺倒では「礼」の精神が損なわれることも、忘れないようにしたい。

(次回は6月第2週号掲載)

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『「いのち」の輝き』(新世書房)など多数。

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