〈コラム〉恵みあるところ災いもあり

0

倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第90回

山道を歩いて咽が渇くと、谷川の水を手にすくってゴクリと飲む。たちまち極楽に生まれ変わった気分になる。しかしそんなことのできる国は少ない。日本人は水と聞けば、清流を思い浮かべる。諸外国の川はたいてい茶色に濁っている。水に流すのは日本人のお家芸(?)だが、濁った水では流れたかどうかもわからない。

中学校で英語を習い、湯はホットウオーターだと知ってちょっと驚いた。発音は「ハッウァラ」と聞いてさらに驚いたが、湯は熱せられた水に過ぎず、湯に該当する英単語はない。フランス語(eau chaude)もドイツ語(warmes Wasser)も同じである。
大学で少しだけ中国語を習った。日本語の湯に当たる語は「开水」といい、これまた水の変化形で、中国語の「湯」はスープ(煮汁)を意味する。日本語の「温水」は水の変化形だが、体温ほどにぬるい状態で、湯とは違う。湯通しするとか、やかんの湯と言うように、湯はかなり高温である。

要するに、水は冷たく、湯は熱い。日本語の湯と水は、それぞれ独立した語であるほど違っている。その湯と組み合わせて、たくさんの用語や言い回しが生まれた。湯治、銭湯、薬湯、湯気、湯煙、産湯湯、出で湯、湯船、朝湯、長湯、内(外)湯、湯上がり、湯浴み、走り湯、もらい湯、重湯(おもゆ)、湯煮(料理する材料を湯で煮る)、湯葉、茶の湯……。
こう見てくると、入浴(風呂)に関する用語が圧倒的に多い。最近では「足湯」も人気だ。とにかく日本人は風呂好きで、ほぼ毎日入浴している。湿気が強くて汗をかきやすいから、身を清潔に保つために入浴は欠かせない。北京のような乾燥都市では簡単なシャワーで十分だという。
日本人の風呂好きは、日本列島が温泉に恵まれているからでもある。体温の上昇は免疫力アップにもつながり、温泉の効能はかなり高い。最近は温泉目当てに来日する外国人観光客が増えてきた。
温泉をはじめ、海山の恵みにあふれた日本列島は、地上の楽園と自慢したいのだが、そうもいかない。火山列島であるがゆえに、太古から数々の自然災害が起きてきたからだ。地震と噴火と落雷ほど恐ろしいものはない。昔の人は「雷神」がそれを引き起こすと怖れた。

最近しきりに話題にのぼるのが、南海トラフ巨大地震の発生である。もう噂どころではない。地震学者たちは2040年までには確実に起こるといい、政府も被害予測を公表した。死者は約32万人、被害総額は最大で220兆3000億円に上る(東日本大震災の10倍以上)。
文明都市が広がると、災害の規模も大きくなる。防げない自然災害には、備えをするしかない。一人一人が防災意識を高めて自衛すれば、被害はかなり減らせる。湯の恵みの裏側に潜む災いにも思いを馳せて、備えのチェックを怠らないようにしたい。
日本のことばかり書いてきたが、いまや異常気象は常態化している。国際テロの危険は去っていないし、異常者も増えている。いつ何が起きても不思議ではない時代を生きているとの自覚を、もっと強く持ちたい。

(次回10月第2週号掲載)

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『「いのち」の輝き』(新世書房)など多数。

●過去一覧●

Share.