“スーツ”について その11
スーツの上着について書いてまいりました。前回(5月28日号掲載)はスーツ作製の際、私たち日本人にあまりどころか全くなじみがあるとは言えない、洋服の本質であり、実はこれを理解していないと洋服の良し悪しの判断もできない、裁断された生地の縫製前の下ごしらえ、“くせとり|立体化”の作業について触れましたが、今回から“下モノ”、つまりズボンまたはスラックスについて少し書いてみます。「アメリカではズボンのことをパンツって言うんだよ。下着みたいだよな」と言われている方が何人かおられましたが、この国、そしてこの町におけるアパレル業界にはフランス、イタリアはじめラテン系の方が多いのです。パンツは、そうしたラテン系の皆さんが“ズボン”に対応する母国語(パンタロン、パンタロネスetc.)を英語風に取り入れたもの、とご理解ください。
pantsは、アメリカ英語において最も一般的に男性用のズボン、スラックスを意味する言葉として使われている単語です。その他、trousersという言い方がありますが、これは一般的に英国でスーツやブレザーなどに合わせる、きちんとした装いの際に履くズボンを意味しております。ちなみにネクタイを締めてスーツやブレザーを着用することをdress upまたはdressと言います。dressは女性のワンピースを意味するだけの言葉ではありません。スラックスももちろん英語ではあるのですが、slackという英語自体あまり良い意味とは言えず、物質的また気持ち的に良く言えばリラックス、一般には気の緩んだ状態を示す言葉なのです。従って英語のslacksには普段履きの、カジュアルなズボンのことを意味する場合が多く、私たちのように“ビジネススーツのスラックス…”といった言い方はしません。ついでながら、ズボンも実は日本語ではなく、江戸末期、明治初期にフランス語のjuponが日本語化したものと言われており、juponとは女性のスカートの下に身に付けるペチコートのことで、男性用の衣類を意味する言葉ではありませんでした。以上のお話から、当地においてはpants、もしくはtrousersといった単語に慣れていただくのがよろしいかと思います。それではまた。 (次回は6月25日号掲載)
〈プロフィル〉 ケン青木(けん・あおき) ニューヨークに21年在住。日系アパレルメーカーの米国法人代表取締役を経て、現在、注文服をベースにしたコンサルティングを行っている。日本にも年4回出張。