倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第60回
先月12日、日本の新聞各紙の一面に「重力波初観測」という見出しが踊った。今から100年前に、アインシュタインが一般相対性理論に基づいて理論的に予言した重力波が、アメリカ中心の国際研究チーム「LIGO(ライゴ)」によって初めて観測されたのだ。途中で挫折もありながら、25年にわたり追いつづけた輝かしい成果であり、物理学の歴史に新たな一ページが書き加えられたことになる。
重力波とは、ブラックホールなど質量の非常に大きな物体が動く際に、周りの時空(重力場)がゆがみ、そのゆがみが波のように伝わる現象だという。このゆがみは極めて小さいため、観測に成功した例はこれまでなかった。
日本でも東京大学宇宙線研究所などが大型低温重力波望遠鏡「KAGRA(かぐら)」を建設し、昨年ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章所長らが検出を目指してきたが、遅れをとった。さすがにアメリカの研究歴と組織力、そして資金力は他を圧倒している。
重力波の観測は、「アインシュタインの最後の宿題」と呼ばれていた。LIGOの責任者である物理学者のデビッド・ライツ氏は、「400年前のガリレオによる望遠鏡を使った観測の開始と同様に重要だと思う」と成果を強調した。
そうした記事を目にしながら、「いよいよ自然科学の世界でも、近代という時代にひと区切りがついたのかもしれない」と感慨を新たにした。それはどういうことか。
筆者はこれまでいろいろな場で、「われわれはいまや世界文明の大転換期を生きている」と語ったり書いたりしてきた。近年のさまざまな領域を見渡しても、「文明の危機」が露呈している。西欧で生まれた近代文明を支えたのは、ヒューマニズム、リベラル民主主義、個人の自由競争からなる市場経済、そして産業の発展を支える科学技術であった。これらの理念は普遍的であり、これによって人類は幸福になると考えられてきた。
だがすでにそれらの限界が顕わになり、危機が表面化している。たとえば市場経済は貧困層を生み出し、格差を拡大させ、先進国の国内マーケットは飽和状態になって、コントロール困難な金融資本主義が主流となってしまった。
科学技術にしても、さらなる技術革新が人間を幸福にするのかどうかは疑わしい。これほど医学が進歩しても、病気は一向に減らない。ここまで自然科学が発達しても解明できた物理現象はまだ全体の4%ほどに過ぎないと専門家は言う。宇宙にはダークなマターやエネルギーが充ち満ちている。そんな未知の領域に踏み込むには、近代科学そのものが枠組み転換を遂げなければならないのである。
ともあれLIGOの観測一番乗りは、重力波による宇宙観測という新しい窓を開いた。日本を含めたライバルの研究者たちは、さらなる宇宙の謎の解明に胸を膨らませている。これから、アインシュタインを超えるどんな発見がもたらされるのだろう。それが、新しい世界文明を築く大きな礎となることを期待したい。
(次回は4月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。