〈コラム〉空中から「鬼」が降る

0

丸山敏秋「風のゆくえ」第24回

先月15日にロシアのチェリャビンスク州近郊に落下した隕石が空中で爆発し、衝撃波で1500人を超える怪我人が出た。「青天の霹靂」とはこのことだ。NASAの推算によれば、大気圏突入前の小惑星(流星物質)の重さは約1万トンもあったという。
隕石による被害などめったに起きない。それよりずっと恐ろしいのは、「大気汚染物質」の飛来である。もう何年も前に、北京のスモッグに驚かされた。晴れた昼間なのに、太陽が白くかすんでいる。そうした大気汚染がますます深刻になってきた。最近の報道ではPM2.5(空中に浮いている直径が2.5μm以下の超微粒子)の大気中濃度が上昇し、ぜんそくや気管支炎、呼吸器のガンなど悪影響が懸念されている。
先般、北京から友人家族が来日した。11歳の娘に尋ねると、「北京の冬は風が吹かないのでガスがたまる。春になったら風が吹いてきれいになる」と学校で習ったとか。おやおや、ならばそのガスは、春には日本へもっと飛来するではないか。
中国では酸性雨を「空中鬼」と呼んで恐れてきた。いまだにエネルギー源の大半を石炭に頼っているからだ。世界中の大気中微粒子濃度の高い10都市のうち、9都市は中国にあるという。その中国発の「鬼」はいよいよ威力を増し、黄砂と共に偏西風に乗って、朝鮮半島や日本に降り注ぐ。
北京在住の同僚Uさんに、大気汚染の様子を尋ねたメールにはこう書かれていた。――毎日のようにスモッグで青空が見えません。それは環境問題を無視し、ひたすらGDPを追求した産物です。「1日の寒さで厚さ三尺の氷にはならず」という中国のことわざがあるように、今の大気汚染は昨日今日に生じたものではありません。GDPで政府高官の実績を評価するシステムや制度自体が、大気汚染の元凶なのです。これから抜本的な解決方法を探らないかぎり、汚染は続くでしょう。東京の青空が懐かしい――
すでに環境省は、汚染状況の監視強化や健康への影響調査を柱とする緊急行動計画をまとめた。これから先、光化学スモッグのような注意報や警報が発令されるようになるかもしれない。風のゆくえがえらく気になる。アメリカも他人事ではなくなるだろう。
空気を穢すのは汚染物質だけではない。日常生活では、トゲトゲしい言葉もその場の空気を穢す。都会のあちこちで、些細なことでキレてしまう人を見かける。景気の低迷や雇用不安、格差の広がりや老後の心配が、世の中の閉塞感を生み出しているのだ。
中国に対しては厳重に「鬼」退治を要求すると共に、安心して暮らせる生活環境づくりを政府は主導してほしい。国民も政府に頼るだけでなく、自立の精神をもっと発揮しなければならない。「鬼」はわが心の内にも巣喰っているからだ。
(次回は4月13日号掲載)
maruyama 〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。

過去一覧

Share.