〈コラム〉3年先の目標

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第77回

去る大相撲名古屋場所で、横綱白鵬が通算勝ち星歴代1位という前人未踏の大記録を達成した。すでに大鵬が持っていた幕内最多優勝32回をはるかに上回る39回の優勝を果たしている白鵬は、名実ともに平成の大横綱と称えるにふさわしい。

15歳で来日したときには小柄で、かろうじて宮城野部屋に入門を許された。2001年3月に初土俵を踏み、次の場所では最下位の序ノ口で負け越す。ところがその後は体の急激な成長とともに、才能が開花していく。十両はわずか2場所で通過し、史上4位の若さで入幕。ついには07年5月場所を全勝で飾り、第69代横綱への昇進が決定した。

10年に最新の科学を駆使して白鵬の強さの秘密に迫る試みが行われ、NHKスペシャルの番組として放映された(11月28日)。驚いたことに、白鵬には陸上選手のウサイン・ボルトに匹敵する瞬発力や、反動を起こさずに筋肉を動かせる特技など、力士にとって理想的な身体能力が備わっているという。

それだけでなく、彼は極めて特異な技術を持っている。立ち合いの際に上半身の筋力をほとんど使わず、優れた柔軟性と強靭な下半身の筋力によって、巧みに相手の力を吸収してしまうというのだ。なんとやりにくい力士であることか。

しかし人並みはずれた努力なくして、長く横綱の地位にはとどまれない。白鵬といえども15年初場所で大鵬の優勝記録を破ってから、針路を見失ってしまった。取り口の安定感を欠くようになり、昨年はケガに泣いた。立ち合いに張り手が多いのは余裕のない証拠だ。勝負が決まったのにダメを押す場面には、横綱らしからぬと再三の注意を受けるようにもなった。

「横綱は10年が限界」と角界では言われる。白鵬もそろそろなのか。しかし10年目の白鵬は、新たな自分づくりに挑んでいる。まずは「3年先の目標」を立てた。――通算勝ち星をさらに積み重ね、優勝は40回、東京オリンピックまで横綱を張る、という大目標である。

最近のモットーにしているのは「行き過ぎず、引き過ぎず」だという。がむしゃらに前に出ず、慌てて引かないのは、相撲の取り口として理想的である。力みや焦りをなくしていけば、過ぎることは減る。相撲にかぎらず、何事も過ぎるからうまくいかないのだ。

近頃の白鵬は、一人で部屋にこもり、香を焚いて瞑想を行っているともいう。自分と向き合う時間を持つのは大切である。彼がまだ到達していないのが、双葉山が打ち立てた69連勝という大記録である。10年に63連勝までしたが、稀勢の里に止められてしまった。

4月の小欄にも書いたが、双葉山が70連勝を止められたとき、「いまだ木鶏たりえず」と、ある師に打電したという。卓越した闘鶏師は手がけた鶏を、まるで木製の鶏のように無欲無心に育て上げる。敵はみなその威徳を怖れて近寄れない(『莊子』達生篇)。横綱白鵬にはさらなる心技体の充実を図ってほしい。それを励みに、われわれも心境を磨いていきたいものだ。

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『「いのち」の輝き』(新世書房)など多数。

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