〈コラム〉ニヒリズムの克服

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倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第39回

ちょうど100年前に、ヨーロッパで大戦争が勃発した。「サラエボの銃声」と教科書で習った覚えがあるだろう。1914年6月28日に、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であるフランツ・フェルディナント大公夫妻が、ボスニアの首都サラエボで銃撃されたのだ。各国の軍部は総動員を発令。戦闘は瞬く間に拡大し、ヨーロッパを主戦場とする人類史上最初の世界大戦となった。
足かけ5年に及んだこの大戦では、900万人以上の兵士が戦死。その間にはロシア革命も起きた。ヨーロッパ中を疲弊させた大戦が終結した1918年に、ドイツの歴史哲学者オスヴァルト・シュペングラーによる『西洋の没落』が世に出る。爆発的に売れ、ロングセラーとなった。
センセーショナルな表題である。それだけでヨーロッパ中に衝撃が走った。驚くべき巨視的なスケールでヨーロッパ文明を眺望したシュペングラーは、「ゲーテから方法を得、ニーチェから問題を得た」と序文で述べている。それまで無名に近かったニーチェの本に人々は飛びつき、さらに憂鬱を深めるようになった。
天才ニーチェは、人々が長らく切望してきた自由や平等や民主主義の価値観に疑念の刃を向けた。さらには諸価値の根源であったキリスト教に対しても、「神は死んだ」と言い放った。あらゆる価値を無力化するニヒリズム(虚無主義)が全ヨーロッパに広がっていく。ところが第二次世界大戦が起きたことで、ニヒリズムは退潮した。やがてナチズムの全体主義が敗れて大戦が終わると、東西の冷戦がつづく。それも終結して自由・平等・民主主義の価値観が復活し、先進諸国が成熟化してくると、再びニヒリズムが広がってきた。アメリカも日本も、同様である。
ニヒリズムは人間の精神を劣化させる。ニヒリズムに侵された人々は、生きるよりどころも将来の希望も見失い、流れに浮かぶ泡沫(うたかた)のように主体性を失ってしまう。まずまず安定した社会に暮らすわれわれは、いつの間にか忍び寄ってくるニヒリズムの魔の手に、よほど警戒しなければならない。ニヒリズムの解消を、二度と戦争に頼るようであってはならない。
しかしまたニヒリズムは、ニーチェも言ったように、人々を退廃(デカダンス)に引き込むだけでなく、それを乗り越えることによって旧弊を一新し、それまでとは違った時代を切りひらく可能性を秘めているのだ。今や世界は混迷の度を深めている。とりわけグローバル化した金融資本主義は、すでに行き詰まりを呈している。「より速く」「より遠くに」「より効率よく」というグローバリズムの価値観は、根本から見直す必要があるだろう。
そのような時代の趨勢を見定めた上で、みずからの価値観や生き方を修正していく努力が各人に求められている。生かされている歓び、あらゆる恵みに対する感謝、周囲の人たちとの絆の確信、誰かの役に立てる喜び…。ニヒリズムが大敵とするそうした心情を共有する人々が、新たな世界を創出していくであろう。(次回は7月第2週号掲載)
maruyama 〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。

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