西野亮廣(2) NYでの個展が作家活動の風通しを良くしてくれた

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「ガチ!」BOUT. 260
絵本作家 西野亮廣 に聞く

絵本作家ほか多くの顔を持つ西野亮廣さんが5月28日(月)から6月3日(日)まで、マンハッタン・ミッドタウンにあるギャラリー、4w43で個展「Akihiro Nishino Solo Art Exhibition」を開催する。5年ぶり2回目となるニューヨークでの個展にかける思いや、制作活動についてなど、現地入りした西野さんにお話を伺った。(聞き手・高橋克明)

NYで5月28日から個展

制限のある絵本というジャンルであれば世界と戦える

5年3カ月ぶり、2回目のニューヨークでの個展開催となります。この5年の間、ニューヨークにまた戻ってきたいという気持ちはありましたか。

西野 実は一昨年前に、一度こっちでトークライブもやらせてもらったんですよ。その時もこちらの(在住の)方にお世話になったので、事あるごとにニューヨークでは「何かしたいなぁ」とは思い続けていましたね。

西野さんにとってニューヨークは気持ち的にもそう遠くない場所なんですね。

西野 他のとこ(国)に比べると、協力してくださる方が多いので、来やすいかもしれないですね。

そのトークライブも、5年前の個展も大成功に終わりました。

西野 いやぁ、それはもう、本当にこちらの方がボランティアで、それこそチラシ配ってくれたり、友達を誘ってくれたり、すげえ力になってくれたおかげですね。それに尽きます。だってあの時は、1カ月前にやろうって急に決まって、なんの準備もなくスタートしましたから。彼らの助けがないと、自分の力だけじゃ無理です。

1カ月前だったんですか!?

西野 ヤバいっすよね(笑)。たまたま(その日程で)そこのギャラリーが空いたので、じゃあ、やりますって。

毎月のように日本からアーティストがこの街でギャラリーを開きますけれど、1カ月間に決めて来られた方はいないと思います。(笑)

西野 だからこそ、よっぽど頑張んなきゃダメだねって、みんなで一つになれたと思うんですよ。なので、こっちのボランティアの方々とのつながりは結構固くて、彼らが日本に来た時は一緒に飲みに行ったり、今回も飲みに行こうってなったり。

そのぐらいのつながりなので、今回もその彼らが力になってくれて。

西野 あの時は、最初の海外(の個展)だったんですよ。うちのチーム全員だけど、不安しかなくて。とにかく手探り状態だったですね…。だって前回(の個展)って2月だったんですよ。異っ常に寒い時で、(彼らが)外に出て呼び込みみたいなことをやってくださったんですけど、20分も外にいられないくらいで、みんなが順番を決めて入れ代わり立ち代わりで、20分外に出て、帰ってきて暖をとって、その間に他の人が行って、ってそこまでしてくださって。あの手作り感というか、みんなで励まし合って、それが密な関係を作りましたね。

前回の個展で印象に残っていることは何でしょう。

西野 平日の昼ってこともあって、最初の2時間、客が一人も来なかったんですよ。で、最初の最初の一人目がおじいちゃんだったんです。ふらふら~って入ってきて、だけど、すぐ帰っちゃた。「あぁ、ハマんなかったんだなぁ」と思って、それはそれで仕方ないかなぁって思ってたところに、そのおじいちゃんが孫たちを連れて、すぐに戻ってきたんです。

来てスグに「孫たちに見せたい絵だ」って思ったんですね。

西野 そう言ってましたね。「この子たちに見せたいと思った」って。で、ギャラリー自体がガラス張りってこともあって、家族連れのおじいちゃんたちがいて、「人がいるぞ」って感じで、そこから人がばーって集まってくれた。で、人が思ったより集まってくれて、ヤフーニュースになって。

おじいちゃんが全ての突破口だった。

西野 ホントそう。特にその時は日本でクラウドファンディングでお金を集めて。皆さんが送りだしてくれたので、失敗して帰れないなって思ってたので、おじいちゃんのその出来事はデカかったですね。印象に残ってます。

日本の方も多かったですが、現地のニューヨーカーもたくさん来場されました。

西野 それが、その後(の活動に)風通しをよくしてくれた気はします。確か、日本テレビ系の(報道番組)「スッキリ」がついてきてくれてたんですよ。個展に(現地の)人がいっぱい足を運んでくださった様子を報道してくれて、日本に帰ってからもそのことをすごくよく言われるようになりましたね。非常に大きな転機になったと思います、はい。

日本人がニューヨークで何かしらのイベントを成功させる秘けつはなんでしょうか。

西野 いやぁ、あの時は初めての海外(での個展)だったので、うちのチーム全員そうでしたけど、不安しかなくて。やったことなかったし、勝手も分からないし、どうやるんだろうーみたいな。ホントに手探りでしたし、自信みたいなものはまるでなかったですね。ただ「やれることはやろう」「考え付くことは全部やろう」ってそれだけでした。最後まで「これ絶対イケるっしょ」みたいな気持ちはなかったけど、とにかくギリギリまでツイッターでニューヨーク在住の日本人の方探して声掛けてみたいなのをずっと(笑)やってましたね。

そして今回のニューヨーク2度目の個展が今月の28日から開催されます。

西野 前回といちばん違うのは、光る絵本、ですね。これまでだったら、ギャラリーって絵を展示して、そこに光を当てたんですけど、今回は、絵に光を当てるんじゃなくて、絵自体が光ってる。なので、「光る絵本展」なんですね、今回は。日本でもすでにやってはいたんですけれど、過去の原画が全部そろっていて、『えんとつ町のプペル』の41枚全部がそろっていて光るっていうのは今回が初めてですね。

全ての原画に光を施すのは、非常に大変な作業だと想像するのですが…。

西野 一人では無理なので、40人くらいの大所帯で分業制にして作りました。ストーリーと絵のベースを描くのは僕なんですけど、要は監督ですね。40人を監督しなきゃいけないのは本当に大変なんですけど。ストーリー自体は、それこそ前回のニューヨーク個展の時にはもう頭にあって。ただこれを形にするのは、一人ではむずいなーって思ってたんです。なので、40人必要でしたね。

そのスタッフの方々はどうやって集めたんですか。

西野 外注ですね。クラウドソーシング。例えば、空を描くスタッフさんをヘッドハンティングして、この場面はこの人に声掛けて、色塗るのを得意な人に声掛けて、みたいな。で、絵本を40人で作るって本当に大変で。例えば、1ページ目と2ページ目を描いてるチームが違う場合がある。1ページ目はAさんがいて、Bさんがいて、Bさんの背中越しにタワーが建っているとする。Aさんの背中越しにBさんの顔を撮っていて、その向こうにタワーが建っている構図の場合、2ページ目だとカメラがぐーっと横に移動してふたりの横顔を撮った場合、当然、その背景にタワーがあったらおかしいですよね。なのですべてのスタッフさんはタワーがどこにあるのか、そしてその高さまで把握してなきゃいけないんです。

絵本の中の世界の構図まで完璧にする、と。

西野 なので、いちばん最初にする作業は、その町の地図を作ります。

……。(あぜん)

西野 で、コンピューターグラフィックス上で実際に町を作ってしまう。

…ホントですか…?

西野 はい(あっさり)。で、1ページ目はカメラをこの角度で撮った絵を、2ページはカメラをここの位置から狙って…みたいな、そういう作業をやるので…結局、絵を実際に描き始めるまで、2年くらいかかっちゃった(笑)。あとはキャラクターですね。身長だとか好みだとか、あとキャラクター同士の関係性とか、どういった過去を背負っていて、みたいな。

実際の絵本のストーリーに、キャラクターのバックグラウンド自体は描かなくても?

西野 やっぱり表情に出たりするから。そういう部分も全スタッフが把握しなきゃいけないので。全登場人物の性格、背景、過去を全スタッフが詰めていって、その状況の設定にすげえ時間がかかりますね。

……もう映画ですね。

西野 映画ですね、作り方は。分業制の絵本てそうなんですよね。指示だけして、あとはやっててください、だとやっぱりずれるんですよね、「こいつー、こんな顔しないじゃん」とか「ここにこんな建物あるわけないじゃん」っていう。自分一人の頭だけだったら、把握してるんですけどー、40人で作っちゃうとずれちゃう。その都度、いちいち直さなくちゃいけない。そっちの方が時間がかかるので、なので、とにかく最初に、美術背景もキャラクターも、全員が共有しておくっていうことに時間を掛けますね。

1本の映画を製作する過程を通してまで、どうして「絵本」なのでしょう。それだけの能力と労力を掛ければ、アニメーション映画も製作できると思うのですが。

西野 突破口は絵本がいいと思っていて。日本人で世界で戦えるジャンルってなんだろうって考えたんですよ。スポーツでいうなら体重別なら結構、通用する。無制限なバスケットボールだと、ちょっと歯が立たないけど、体重別のボクシングや、柔道なら、結構勝ってる。料理もそうですよね。要は制限がかかってる中での勝負には、多分、日本人のDNAは強いんじゃないかなって。

なるほど。

西野 盆栽や茶室の世界観に近いかもしれないですね。四畳半の中だけで、とか、この材料だけを使ってとか。そうなった時に、島国で土地もない日本人は工夫力を発揮するんだろうなぁって。映画って結構、無制限ですよね。結局、ハリウッドのような資本をめちゃくちゃ持ってるところに、めちゃくちゃかけられてやられてしまう。絵本だと1億円かけれないじゃないですか。ここは結構フラットだなって思ってるんです。

同じフェザー級のボクサーであれば、相手が何人でも勝てる可能性がある、と。

西野 そうです、そうです。僕ね、パリに行った時に、でけー!って思ったんですよ。とにかくデカかった。その時に、日本がパリに戦いを挑むとしたら、「わび」や「さび」みたいなことを発見するしかなかったんじゃないかなと思うんですよ。つまり、この広さには勝てない。なので、狭い中の何かの方がカッコいんだよ、みたいな。

あながちそうかもしれないと思います。特にアメリカに住んでいるとそう考えることもありますね。

西野 でしょ。例えば、茶室という狭い空間がある。千利休って、あいつ、プロデューサーとして天才だと思うんですよ。

あいつ。(笑)
 西野 だって、この狭い空間の方がカッコいいよって、断言しちゃえば、相手がパリであろうと戦える。なので僕たちは先祖代々、工夫力ってパワーは世界でもトップクラスなんだろうなぁって思うんです。土地も石油もなかったら、工夫するしかない。

絵本という限定されたジャンルであれば、世界と戦える、と。

西野 それを一つの突破口にしたいという気持ちはありますね。

実は僕は5年前の個展にお邪魔して、作品を見た時に、逆に「キングコング西野・作」という事実が逆にマイナスになるんじゃないかと思ったんです。あまりにも素晴らしい作画は、それ単体で通用して「芸能人の作品」は余計な注釈になってしまうのではないかと。

西野 それは言われたことはありますねー。逆ブランディングになるって(笑)。キングコング西野が絵本書いたって基本的にはマイナス、ですよね、みたいな。絵だけ走らした方がみんなもっと評価しやすくなるのにー、とは言われます。

これだけの画力とストーリーなのに、「タレントだから個展もできたんでしょ」と言われてしまう…。

西野 ポスターにも思いっきり(顔写真が)入ってますもんね。失敗したかな(笑)。でも、知らない人が見に来てくれる効果もあるとは思うんですよ。それに今回、AR(拡張現実)を導入したんですね。AR三兄弟の川田十夢さんが西野亮廣AR作っちゃいましょうよって言ってくださって。作品にタブレットをかざしたら、ARの僕がにょこって出てきて、その絵の説明をするんですけど、川田さんが言ったのは、「その時こそ、西野さんが絵を描いてる意味がありますね」って。

なるほど。

西野 もともと画家じゃない、おしゃべりの仕事を生業にしている僕が、それをやることで、作品自体にも意味が出てくるというか。自分の作品を分かりやすく自分で説明できる状況になったとき、初めて(キングコング西野としてやってきた)メリットが出ますねって。

確かにそうかもしれないですね。マイナスではなく、プラスになる。今回、来場してくださる皆さんには、どこを見て欲しい、感じてほしいとかはありますか。

西野 それこそ「僕がディズニーを超える!」って言ってた10年前って、みんな鼻で笑ってたと思うんですよね。やっぱり、大きいことに挑戦する人って、そういう感じで、鼻で笑われたり、村八分にあったりすると思うんですよ。それでも、言い続けたら、頑張り続けてたら、多少、ちょっとは見えてくるよ、背中くらいは見えるかもよ、みたいな。で、今回、「あら、こいつ、もしかしたら行くんじゃないの」みたいなことは思わせたいですよね。そう思ってもらえたら、次は「ちょっと自分も1回やってみようかな」って思う人も中には出てくると思うんで、そういう人のエールになるといいなっ、ていうのはありますね。次挑戦する人の後押しになるといいなって…。なんか、今、良いこと言ってますね、俺。(笑)

5年前にインタビューした際に、西野さんは「空気読むのヤメにしたんです」とおっしゃっていました。やりたいことを優先したら、いちいち空気なんて読んでる暇はない、と。そこで大ファンになりました。(笑)

西野 あ、うれしいー(笑)。例えば僕はこれがやりたい! って思ったことに吉本がもし、ダメって言ったら、吉本をやめるんで。それはもう会社にも伝えていて。吉本とは付き合いたい時に付き合ってという感じなので。「お得意さま」みたいなもんです。

わはは。それ書いちゃっていいんですか。

西野 全然いいいです(笑)。社長にも言ってますし。特にやめたいってことじゃなくて、そうじゃないと会社とも良い感じの関係を保てないってことなので。なんだろ、テレビと交渉しようと思ったら、当然だけれど、テレビ出なくてもいいって状況作っておかないと、テレビと交渉できないし、それは対出版社に対しても、対事務所に対しても、同じですね。「こういうことやりたいです」っていうのを対等に交渉しようと思ったら、基本的には「あなたがこれに乗ってこなかったら、僕はこの話、他に持っていきますよ」っていう。じゃないと、いい感じで話し合いが進めないんで。

僕たちは子供のころから芸人さんがテレビで「吉本は給料安い、俺たち利用されてる」っていうネタを見てきましたけど、吉本を逆に利用する芸人さんを初めて見ました。(笑)

西野 でも、これからの時代は社員に利用される会社じゃないと生き残れないと思うんですよ。これまでは会社が“奴隷契約”みたいな形で社員を縛ってましたけど、個人がネットとかで発信できる時代になって、社員にとってプラットホームになるような、社員にとって都合がいい会社じゃないと、もう若い才能は集まってこなくなるだろうなって。吉本興業にかかわらず、他の会社も事務所も変わらないといけない時期にきてるんだろうなとは思います。

なるほど。会社を吉本以外で三つ持っている経営者であり、、絵本作家であり、漫才師であり、今、ご自身の中で、メーンとなる肩書きはなんでしょう。

西野 なんだろなー…。全部です(笑)。細かく言ったら多分20個くらいあると思うんですよ。スナックのオーナーもやってるし、美術館の館長にもなります。その時、その時、楽しいと思うことを全部やってるので、(肩書きを決めるのは)ムズイっすよね。それにその肩書きっていう概念がもう昔の言葉だと思うんです。僕より若いやつを見てると、もう掛け持ってんですよねー、仕事。掛け持つことが当たり前になってる。みんな漠然とモテたい、とか、漠然と楽しいことしたい、とか、なんとなくの方向だけ決めて、いろんなことをやってます。僕もそうですね。チームのみんなと面白いことをしたい。それしかないですねー。

前回インタビューさせていただいた時に、描いたレンガの質感を表現するお話をされた際、実際に椅子から立ち上がって、床を触ったり、壁をなでたり、本当に絵を描くことがお好きなんだなぁという印象も受けました。

西野 好きです、好きです。描くことは、ほんっと好きですね。当然ですけれど、例えば40人のスタッフをまとめなきゃいけない時に、やっぱり旗振ってる僕が一番熱量を持ってないとダメですよね。やっぱり僕が「どうしてもやりたいんだ」「理屈じゃないんだ」ってことを見せないと、人は集まってこないです。集まっても、質が変わってくると思うんです。その熱量に比例して、質のいい人も、数も集まってくる。僕はそう思ってますねー。

ものづくりには、やはり情熱が一番大切だ、と。

西野 でも、その分、現場ではスタッフに暑苦しいと思われてるかもしれないっすね(笑)。僕、キレるんで(笑)。これじゃあ、ダメやん!って。でも、うーーーん…今、アニメーションスタジオとも仕事をしてるんですけれど、当然、自分より経験も知識も豊富なスタッフが周囲にいるんですね。例えば、お笑いの現場に中学生がトコトコ来て、いきなりプロデューサー口調で、僕たちにどーのこーの指図したら、「こいつ何言ってんの?」ってなるじゃないですか。逆に自分も映画の現場に行ったらそう見られるだろうなって分かるんですよ。どうしたってそういう見られ方をしてしまう。この人たち、つまり超一流のプロたちを納得させるには、情熱しかないと思うんですよ。強く思う、その思いを、覚悟を見せるしかないと思うんですよ。最初はやっぱり「こいつ、できるの?」って目で見られます。でも、圧倒的な思いや覚悟を見せたら、そのプロフェッショナルな人たちが心を開いてくださって、会話してくださいますね。そこは自分でも意識しているのか、天然なのか分かんないですけど、自分でも結構やってるかもしれないですね。

今回の個展でも、その思いを込めてらっしゃるわけですね。

西野 きれいな絵だけを描こうと思ったら、今の時代、デジカメで撮っちゃった元に、絵っぽく加工したら、できちゃうんです。でもそれはバレますよね。以前、どこかの美術館に行った際、ゴッホの白い花の絵があったんですよ。その時に、そこにかけたゴッホの執念みたいなものを感じて。インスタントに作ったものと、だいぶ、込めたものって絶対違いますよね。うまい下手の以前に、その絵の前で僕動けなくなって…。それは絵に限らず、文章でもなんでも、絶対に出ますから。

最後に、今回またニューヨークで個展を開かれるということは、今後も世界を視野に入れて、活動を考えていらっしゃる?

西野 そうですね。もちろん、狙いたいですよね、世界は。前回来させていただいた時に、いちばん反応が良かった作品は、初期に描いた、木材だけで作られた町のすごく日本を感じさせるような絵だったんですね。初期の作品なので、ヘタだったのに、その絵がむちゃくちゃ反響がよくて。「そっか、オレ、そういえば日本人だもんな」って。日本に住んでいると、どうしても欧米への憧れみたいなのがあるけど、でも逆に、海外の方からすると、日本家屋って圧倒的なファンタジーなんだなって。そんじゃあ、もっともっと日本を出していこう、と。なので描くものがどんどん日本っぽくなっていきました。今回も、やたら提灯がある絵であったり、昭和のスナック街のような街並みの景色があったり。やっぱり、海外を意識した時に、より日本のことを勉強しようってなりました。


★ インタビューの舞台裏 → ameblo.jp/matenrounikki/entry-12378856920.html

西野亮廣(にしの・あきひろ) 職業:お笑い芸人、絵本作家ほか
1980年7月3日兵庫県生まれ。99年梶原雄太と漫才コンビ「キングコング」結成。「NHK上方漫才コンテスト」で最優秀賞など受賞多数。現在は、演劇やショートムービーの脚本・演出、クレイアニメの制作も手がけ、絵本画家・作家としても活躍中。著書に、絵本『Dr.インクの星空キネマ』『ジップ&キャンディ ロボットたちのクリスマス』『オルゴールワールド』、小説『グッド・コマーシャル』、ビジネス書『魔法のコンパス』『革命のファンファーレ 現代のお金と広告』があり、全作ベストセラーに。絵本『えんとつ町のプペル』は30万部突破のメガヒットなった。公式ブログ:ameblo.jp/nishino-akihiro、オンラインサロン『西野亮廣エンタメ研究所』:salon.otogimachi.jp/

「Akihiro Nishino Solo Art Exhibition」

【期間】5月28日(月)〜6月3日(日)正午〜午後8時
【会場】4 W43 アートギャラリー
【場所】4 West 43rd St, bet 5th & 6th Ave, NYC

〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

(2018年5月26日号掲載)

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