マクロビオティック・レストラン(5)
仕事をもらったときはあんなにうれしかったのに、乳母車のようなカートを押して、フォークやナイフなどの使い捨てを集めて回るという作業も、見た目とは反対に、じつは意外とむずかしい。――自意識です。おれは大学を出ているという自意識が、ゴミを集めて回るという作業を困難にしているのだ。本来、行動と意識は一体であるべきなのに、意識が行動をサポートするどころか嫌悪感さえ抱いたら、行動は意識の管轄を離れ、何をしでかすかわからない。――日本を出たときに捨てたと思っていたみえやプライドが、どっこい身体の奥で生きていた。親にも見せられん。「バスボーイかバスガールか知らんけど、そんなもんさせるために、アメリカにやったんやない」と嘆くやろうから。
Sの隣でフランクフルトを焼くようになるのは、入ってから一か月後です。行動と意識も一致しました。まるで違う職場に来たよう。時給も、一ドル九十五セントになりました。――客と目線を合わせられるのがうれしい。むずかしい単語も必要ない。たまに聞き取りにくいときがあるくらい。
アメリカ人は思っていたより、ずっと質素でした。食事にしても私が担当したフランクフルト部門では、フランクフルト二個とコカコーラという注文が最も多く、彼らの昼食代は、フランクフルト一個が四十五セントですから飲み物まで入れて、一ドル十五セントだったというわけ。
日本人客はすぐわかります。顔や服装で判断する以外に日本人の英語は「あいうえお」がベースだから。それに言い方もおかしい。「フランクフルト、ツウ。コカコーラ、ワン」などと数字をあとから言う。もっとも日本人は、フランクフルトとは言わない。ホットドッグと言う。赤いストライプの入った制服に白い紙の帽子をかぶって働いていると、だれも私が日本人と思わないから、相手が若い女の子だったりすると、「はい、三ドル八十五セントのおつりです。ありがとうございました」などと流暢な日本語で言うと、うしろにひっくり返りそうになるくらいびっくりする。
「えっ、日本人だったんですか?」
私も調子に乗って、
「アメリカ・インディアンの血が混じっているんです」
南方系の顔立ちが私の言葉を裏づける。写真を撮ってゆく人もいました。
ドイツ語が語源の酸っぱい刻みキャベツを上に乗せるかどうか、With or without sauerkrauts? と長蛇の客、一人ひとり訊かなければならないが、sauerkrautsのスペルがわからなかったのと、いちいちWith or withoutと言うのがめんどうで、「さくら?」
それで十分、通じたんだ。 (次回は7月7日号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。