〈コラム〉どうして日本人はウイルスに…

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第110回

新型ウイルスの感染拡大に関して、前回の小欄を書いたときには、まだ日本政府の緊急事態宣言は出ていなかった。ついに4月7日に発出されたが、東京はニューヨークのようにロックアウトされていない。国民の大半は政府や自治体の要請に応じて、できるかぎり外出を控え、仕事で出勤する者の数を低く抑えてきた。不便で戸惑いも大きいが、暗くうち沈んではいない。

これまでの日本の対応を非難する海外からの声も届いている。たとえばNYタイムズのモトコ・リッチという記者が、「(安倍首相の緊急事態宣言は)遅すぎ、弱すぎる」と辛辣に批判した。しかしその頃の100万人あたりのアメリカの感染死者は39人、対して日本はわずか0・7人である。遅く弱かったのはどちらであろう。

3月25日の時事通信社のネット記事によると、ドイツの経済誌ウィルトシャフツウォッヘ電子版は「日本のコロナの謎」という記事を掲載した。ヨーロッパと違って多くの店舗が開いているのに、日本の感染者数は少ないと指摘。記事には検査数の少なさへの批判と、疑いが強い例に絞って効率的に検査をしているとの両論が併記されている。さらにアメリカやイギリスの研究者も日本の謎に注目していると報じた。

疫病の感染拡大期には、検査を増やせば増やすほど感染者数は増加する。日本でもようやくそうなってきた。ところが重症者や死者の数は驚くほど少ない。これはどうしてなのか。すでにいろいろな理由が考えられている。

日本人はきれい好きで、よく手を洗い、玄関で靴を脱ぐなど、衛生環境が良い。欧米人のようにキスをしたりハグもしない。握手よりもお辞儀をする。日本の喫茶店やレストランでは、たいていオシボリが出るが、欧米では見たことがない。手も洗わずに、食卓のパンをそのままつかんで食べている。新型コロナウイルスは、金属に付着すると数日は「生きている」という。日本人はナイフとフォークをあまり使わず、木製のハシの使用が圧倒的に多い。

そのほか、子供の頃にBCGワクチンの接種を受けた人が多いのも、感染が少ない理由の一つではないかと言われている。医学的な結論は出ていないが、ヨーロッパでBCGをやめたのは、公衆衛生が完備して結核の感染率が低くなった1980年代からだという。日本では今でも接種している。

筆者はさらに、日本独特の発酵食文化も大きな理由と考えている。味噌、醤油、納豆、漬け物、酒、鰹節…。湿度の高い温暖な日本は、コウジカビなどの微生物の宝庫である。発酵食品が放つ微生物や酵素の力は偉大で、日本人の長寿の元でもある。きっとコロナウイルスの毒性を緩和してくれているに違いない。

そのほかにも、日本は比較的日当たりがよく、アジアにおける民族の交流は昔から盛んなので、欧米人が持たない免疫が蓄積されているのかもしれない。

病原性ウイルスに抵抗力のある理由はいくつあってもいい。ウイルスは変異するので油断は禁物だが、ご先祖様たちが築いてくれた良質な生活文化に、改めて敬意を表し感謝したい。

(次回は6月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『ともに生きる』(倫理研究所)など多数。

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