〈コラム〉不当な言論統制は許されない

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第123回

やや旧聞に属するが、今年の1月8日に当時のトランプ大統領のツイッターアカウントが永久停止処分となった。米議会襲撃事件を受けて、ツイッター社はそれを示唆するような大統領のツイートを問題視し、凍結処分をしていた。

それは「言論弾圧」ではないかと批判が起こり、賛否に分かれた激しい議論の応酬が交わされる。注目されたのは、ドイツのアンゲラ・メルケル首相の反応である。彼女は強権的なトランプ大統領に嫌悪感をあらわにしてきたが、それはそれ。根源的な基本権としての言論の自由は断固守られねばならず、トランプアカウントの永久凍結は立法機関によってのみ制限できるもので、ツイッター社のような一企業が行うのはおかしい、との見解を伝えた。

かつてナチス政権は、言論の自由抑圧などを権力掌握の手段の一つとして利用した。その苦い歴史事実を踏まえれば、メルケル首相の見解は至極まっとうである。いまやIT市場を席巻している巨大企業群は、それぞれの頭文字をとって「GAFA(ガーファ)」や「FANG(ファング)」などと呼ばれている。これら企業群は各種サービスのプラットフォームになっている一方、市場での公平な競争を阻害すると懸念する声も上がっている。加えて、先のような言論弾圧も危惧されてきた。

筆者の知るところでは、元衆議院議員の松田学氏のチャンネルのいくつかが、今年の2月にYouTube社の一方的な通告で強制削除されてしまった。それは、コロナパンデミックに対するWHOや政府の対応を批判し、ワクチン接種の危険性を訴える専門家の声を伝えた番組で、筋の通った一つの主張である。松田氏が抗議の意図をもって書いた論文が月刊『正論』6月号に掲載されるや、削除は取り消されたという。

似たような出来事はあちこちで発生しているらしい。松田学氏が書いていたように、SNSも民間企業なので、スポンサー企業の意向に従わざるを得ないのであろう。しかし理由も開示することなく番組を削除するようでは、背後の利権がらみの圧力を疑われても仕方がない。

フェイクニュースの垂れ流し、暴力的な言論やヘイトスピーチは取り締まる必要がある。だからといって、恣意的に言論を抑圧したり、異論を排除すれば、民主主義は成り立たなくなる。マスメディアが報じる情報まで信じられなくなれば、主体的に生きられない人々は迷走するしかない。

他国もそうだろうが、日本では予想通りにコロナの自粛要請が繰り返されて、国民は倦み疲れてしまった。「同調圧力」という言葉をよく聞くように、細かいことにも極端な非寛容さが目立つ嫌な風潮となってしまった。そこに言論統制や情報操作が加わると、信用・信頼を基盤にしている世の中の倫理道徳は崩壊してしまう。

人と人との接触を避ける異様な時代となって、リモートによるコミュニケーションを可能にするネットの偉力に改めて感じ入った。それだけに、ネットをはじめとするメディア世界の信用度をおとしめる非倫理的行為に対しては、断固として対処しなければならない。

(次回は7月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『経営力を磨く』(倫理研究所刊)。

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