倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第125回
病気に喩えれば瀕死の重体に陥りながら、なんとか開催にこぎつけた東京五輪。海外の辛口マスメディアからは「呪われたオリンピック」と呼ばれたけれども、派手さはなく無難にまとめられた開会式に始まり、無観客であっても連日の熱戦が報道されると、日本国内のムードは一気に変わった。
1964年の東京五輪の興奮をはっきり覚えている世代の者にとっては、いくつもの思い出が甦ってくる。──男子100メートルで優勝したボブ・ヘイズのダイナミックな走り、マラソンで初の連覇を遂げたアベベ・ビキラ、9時間半の熱闘だった棒高跳び決勝、競泳男子100メートル自由形のイルカのようなドン・ショランダー、体操女子個人総合で優勝したベラ・チャスラフスカの妖艶な演技。女子バレーボールでソ連を破った「東洋の魔女」たち。柔道無差別級で憎らしいほど強かったアントン・ヘーシンク…。
あのとき筆者は小学5年生で、東京都内の学校に割り当てられる競技チケットの抽選が各クラスで行われた。それよりも「聖火」をひと目見たくてたまらず、父に懇願して国立競技場に連れて行ってもらった。いくつかある出入り口の鉄の格子から、メラメラと炎を吹き出している聖火を望める。〈あれが遠いギリシアで採られた火なんだ…〉と1人で感激したことが忘れられない。
今回は東京に4度目の緊急事態宣言が出ている最中の五輪ということで、「開催反対」を叫ぶ人たちの声は大きかった。競技が始まると反対派のトーンは哀れなほどダウンしたが、なおも自転車のロードレース中に沿道で五輪反対の旗を掲げる行動は見苦しかった。礼を失すれば反発を買うばかりだ。優勝候補者が敗退すると、ネット上で一部から批判の声や厳しいコメントが相次いだという。なんと独善的で非礼な行為だろう。
勝利を目指して必死にトレーニング積み重ねるアスリートたちの姿が、スポーツの魅力を支えている。白血病から見事に復活した池江璃花子選手が五輪の出場切符を手にしたのが、4月4日に行われた競泳の日本選手権だった。女子100メートルバタフライ決勝で優勝。インタビューで彼女はこう語った。
「自分が勝てるのはずっと先のことだと思っていたけれど、勝つための練習もしっかりやってきたし、努力は必ず報われるんだなと思った」
彼女は日本大学のスポーツ科学部に所属していて、キャンパス内にはトレーニングルームがある。その施設を愛用している別の学部の知り合いの教授から、黙々とトレーニングに励んでいる池江選手の姿を何度も目撃したと聞いた。
「努力は必ず報われる」とは、実に健全な人生の教訓である。千古の名言である。近年は「頑張らなくていい」などと、努力をシニカルに見る向きもあるが、それは違うだろう。努力せずして成し遂げられることなどあるだろうか。
池江選手は闘病中に、「神様は乗り越えられない試練は与えない、自分に乗り越えられない壁はないと思っています」とも語っていた。21歳と若いけれども、その道の達人の言葉には千鈞の重みがある。
(次回は9月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『経営力を磨く』(倫理研究所刊)。