倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第126回
面白くて為になり、知的刺激を存分に与えてくれるような本を手にする機会はめったにない。しかし今年はそんな傑作と巡り会えた。『土偶を読む』(晶文社)。著者は人類学者で独立研究家の竹倉史人氏。
およそ5000年前の縄文中期になってから、素焼きのフィギュアである土偶が大量に作られた。2000年前には忽然と姿を消すが、全国各地で発見されたその数は2万点にもなる。では土偶とは何か?
「妊娠女性をかたどったもの」「病気の身代わり」「狩猟の成功を祈る呪具」「宇宙人」…といった諸説が提出されてきたが、どれも確証は得られていない。ロマンに溢れたその謎に敢然と挑み、わずか5年ほどの研究で驚くべき成果を発表したのが竹倉氏である。考古学の実証研究(データ)を踏まえ、さらに美術史学の図像解釈学(イコノロジー)を駆使して、著名な土偶の「真実」を解明したのだ。
もちろん仮説だが、実に創見に富んでいて、緻密な検証に裏づけられている。一般人にもわかりやすく、良質の推理小説を読んでいくような興奮も味わえる。ここではあえて中身の紹介はしないでおこう。
著者があとがきに書いているように、これまで土偶の正体が誰にもわからなかったので、「土偶の専門家」が存在したことは一度もない。考古学者ではない竹倉氏は、土偶の研究成果を発表しようとすると、関係各所から「考古学の専門家のお墨付きをもらってきてください」とストップがかかったという。要は相手にされなかったのだ。アカデミズムやメディアの関係者たちは「土偶=考古学」と頭から信じ込んでいるからである。
縄文研究者たちからは「勝手に土偶について云々されたら困る」と言われたり、竹倉説が世に出ないように画策する人まで現れる始末だったという。なんと狭量な村社会であることか。本書を読んでもらえばわかるが、真実を突いている竹倉説は、今後さらに補強されて、教科書に載るような定説になっていくであろう。
思い出すのは「岩宿の発見」である。1946年頃に、群馬県赤城山の南東にある旧石器時代の遺跡(2万5000年以上前)が、在野の考古学者だった相沢忠洋(1926〜89)によって発見された。それによって、土器時代以前の日本列島に人類は居住していなかった、という定説は覆されたのだ。
1949年に京都で開かれた日本考古学協会の第4回総会で、岩宿遺跡の発掘調査を相沢氏が発表したとき、誰からも相手にされなかった。マスメディアは、世間をだますペテン師とまで酷評した。筆者はたまたま相沢夫人と知己を得て、当時の不当な批判の数々を何度か聞かされたことがある。
学界の権威主義とか、マスメディアの横暴は、実に見苦しく、真実を隠蔽する犯罪行為にもなりかねない。長く続いている新型コロナ感染症の騒動でも、専門家の驕りや思い込み、マスメディアの煽り立てる体質、政府や自治体の優柔不断さがないまぜになって、国民を圧迫してきたように思える。『土偶を読む』の痛快な面白さの背後に、苦々しい現実があることを思い知らされたのも、それなりに為になった。
(次回は10月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『経営力を磨く』(倫理研究所刊)。