倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第141回
令和の御代になって早くも5年目、2023年という新しい年がスタートした。このコラムを書いているのは「旧年中」になるが、胸の中にザワザワ感を覚えながら来たる年のことを考えている。
もう何年も前から、世界ではあまりに多くのことが、あまりにスピーディーに、そしてそれらが同時進行的に起きてきた。その原因は、テクノロジーの急激な発展だけでなく、人類文明の大変動がクライマックスを迎えているからではないだろうか。
数年前から人類にとっての4つの脅威、すなわち戦争・飢餓・天変地変・疫病(感染症)が、やはり同時進行的に起きている。気候変動による自然災害が世界各地を襲い、飢餓をもたらした地域が少なくない。さほど重症ではないコロナ感染症が、世界を鎖国に追い込んでしまった。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、世界中に食糧危機をもたらすと危惧されている。
日本の場合はどうであろうか。「平成」の約30年間に発生した大きな課題──戦後日本の延長上にある──が積み残されたままである。それらをいかに解決に導くかで今後の浮沈が決まるであろう。それら課題をリスクとして大別すれば、グローバリズムリスク(国際競争力の低下)と人口減少リスク(国力の低下)となる。しかしながら貧困な政治を立て直さなければ、どんな課題もリスクも解決回避できない。国民も政府や自治体に頼るばかりでなく、自助努力の精神を鍛え直さなければ、この国は浮上しないだろう。
2016年1月に政府は「第5期科学技術基本計画」において、近未来の社会として「ソサエティ5.0」なるものを提唱した。その社会とは、狩猟採集社会(1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)、情報社会(4.0)に続くものだ。内閣府のホームページには「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」と説明されているが、どうにも曖昧で「◯◯社会」と端的に示されていない。「データ駆動型社会」と呼ぶ向きもあるが、いよいよわかりにくい。
「ソサエティ5・0」の発想は、あらゆる人間の知の中で、自然科学の知ばかりに価値を置く偏った考え方に立っているようだ。しかしAIによる最適な介護計画にしても、iPS細胞などの先端医療にしても、高度なテクノロジーが何もかも解決してくれるとは、あまりに楽観的ではないか。
一例をあげれば、そのような自然科学の知に基づくテクノロジーは、人間の生命をもっと延ばす方向に働きかけるであろう。今でも無用な延命措置が批判されているが、延命技術の進歩が人々に幸福をもたらしてくれるとは思えない。いかに充実した死を迎えるかは、知の力だけで解決できる課題ではないと心得たい。
今年も世の中には大きな課題ばかりが山積しているが、せめて自分の生き方だけでも満足できるよう、人生の課題にチャレンジする1年にしたい。たとえば「死と向き合って生きる」ことを真剣に考えてみてはどうだろう。そこからいくつもの、よく生きる知恵が生まれてくるに違いない。
(次回は1月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)。