倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第161回
健康診断は苦手である。血液検査では色々な項目で基準値を上回り、叱られてしまう。その数値にとらわれて一喜一憂するのが嫌なのだ。
歳とともに血管は細くなるから、血圧は上がって当然だろう。血糖値も尿酸値も高くなる。なのに年齢を問わない平均的な数値を標準にして、上回った下回ったと騒いでいる。自分の体の声を聞こうとせず、数字ばかりを気にするのはいかがなものか。
という理由から、ここ3年ほど検診をさぼってきた。ところが今年の2月に、急にノドが渇き、体重が一気に3キロ減った。これは怪しいと血液検査を受けたら、案の定、血糖値が急上昇して糖尿病の仲間入りを宣言された。他の検査もしっかり受けよと命じられ、ついに人生初の人間ドックを体験するはめになった。
すると意外にも便潜血の反応があり、大腸の内視鏡検査を強く勧められる。かつてニューヨークで活躍されたドクター新谷弘実を思い出しながら、これも初めて体験。腸について勉強する機会になった。
たとえば、「脳腸相関」と呼ばれる現象がある。脳と腸は自律神経系やホルモン、サイトカインなどの液性因子を介して、子供の頃からずっと、密に関連しているという。脳と腸の両方で分泌される神経伝達物質にセロトニンがある。脳内では気分を安定させ、穏やかにする役割を担い、睡眠にも関与している。また腸では、蠕動の指令を出す際にこの物質が使われている。
ストレスが多くなって脳が疲れると、腸の働きが鈍って、便秘になったりする。逆に便秘がひどくなると、腸内のセロトニンが過剰になり、脳ではセロトニンが不足するので、不安になったりイライラしやすくなる。脳と腸の関係は、直感力にも影響するらしい。直感力が衰えると、仕事も勉強もはかどらず、生きる気力が乏しくなってしまう。
脳にあらわれる心の状態を変えるのは、なかなか難しい。不安を持つな、イライラするなと自分に言い聞かせても、ほとんど効果はないだろう。脳腸相関であるのなら、脳の方はそのままにしておいて、腸に働きかけたらどうであろう。
たとえば、筆者は若い頃に東洋の伝統的な療術を習ったが、按摩の手技の中に、江戸時代の日本で発達した「按腹」がある。要はお腹を揉むことで、初歩的なことは誰でもできる。お腹の皮膚に両掌を当て、軽く押しながら、時計回りにゆっくりと動かしていく。動かさずに掌を当てるだけでもいい。気持ちが落ちつき、眠くなってくる。
イライラが多く怒りやすい人には、就寝前のこの「按腹」を勧めたい。セロトニンが不足すると、怒りやすくキレやすくなるので、腸管でたっぷり生成させるとよい。「幸せ物質」とも呼ばれるセロトニンが増えると、幸せを実感しつつ、前向きな気持ちになれる。
日本人の大腸がんの罹患率は年々増加し、男女合計では胃がんを抜いてもっとも多いがんとなった。ストレス過剰も大きな原因だろう。時には内視鏡検査も受けながら、脳腸相関を意識して、健康の保持に努めたい。
(次回は9月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)ほか多数。最新刊『朗らかに生きる』(倫理研究所刊)。