〈コラム〉司法の闇を覗く

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第164回

袴田巌さん(88)は世界で最も長く拘置された死刑囚だった。再審で無罪となったのは喜ばしいが、それまでに58年という気の遠くなるような長い年月を要した。

控訴しない方針を発表した最高検察庁は、袴田さんに対してお詫びの気持ちを示し、「本件の再審請求手続がこのような長期間に及んだことなどにつき、所要の検証を行いたいと思っております」とコメントした。忘れずに実行してもらいたい。

時間がかかりすぎる日本の司法制度は、前々から批判の的だった。逮捕された被疑者の拘留期間が長期化しやすいのも大きな問題である。袴田さんの無罪が確定した10月8日には、「KADOKAWA」前会長の角川歴彦(つぐひこ)氏が無罪を訴えた初公判が東京地裁で開かれた。

歴彦氏の父親は、角川書店の創業者で国文学者でもあった角川源義(げんよし)氏、兄は春樹氏、姉は作家の辺見じゅん氏。春樹氏が麻薬取締法違反などの容疑で逮捕されてからは、歴彦氏が角川グループを牽引した。

ところが2年前の2022年9月、贈賄容疑で歴彦氏は逮捕される。東京五輪のスポンサー選定をめぐり、大会組織委員会の元理事である高橋治之氏の知人が経営する会社に、コンサルタント料名目の約7600万円を支払ったというのだ。

問題はそれからで、心臓の持病を持つ歴彦氏は、なんと約7カ月という長期の拘留を強いられた。なぜなら一貫して罪を認めなかったからだ。

日本の法律上、勾留期間は10日間、延長された場合はさらに10日間、身柄を拘束される。ところが被疑事実を否認すると自由を奪われる可能性が高くなる。別件で再逮捕されたり、起訴後の保釈が遅れたりする。保釈を決めるのは裁判所だが、検察官が強硬に反対すると、なかなか認められないのが現実だという。また、裁判で否認すると「反省していない」と受け止められて、実刑判決が言い渡されることもよくあるらしい。

日本の司法では被疑者の自白を重んじる。自白を強要するための長期拘留は「人質司法」と呼ばれる。身に覚えのない郵便料金不正事件で逮捕拘留された村木厚子さん(厚労省元局長)は164日の拘留だった。カルロス・ゴーン被告の拘留は108日つづき、たまりかねて国外へ逃亡した。

今年の6月27日「人質司法」によって精神的苦痛を受けたとして、角川歴彦氏は国に2億2000万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。その初公判が、先般開かれたのである。

日本の司法制度を批判する「人質司法」なる用語も事実も、法務省は認めていない。しかし現実にそれがあるのだから、司法の欺瞞というほかない。

自白に導くための長期拘留など、人権侵害も甚だしい。戦前の特別警察(特高)による暴力を伴った拷問こそ戦後は姿を消したものの、「人質司法」は精神的な拷問に等しい。角川歴彦氏の近著『人間の証明』に綴られた生々しい拘留生活の記録が、司法の闇に光を当てる一助となることを期待したい。

(次回は2025年1月1日号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)ほか多数。最新刊『朗らかに生きる』(倫理研究所刊)。

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