倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第175回
かつてアフリカ東海岸のタンザニアとケニアに、2度訪問したことがある。
大都市を離れて草原を貫く道路を走っていると、シマウマの群れによく遭遇した。ウマよりもロバの系統に近いそうだが、立派な体格で、白黒のしま模様が美しい。ケニアのレストランのメニューには、シマウマのステーキもあった。
今年のイグ・ノーベル賞の「生物学賞」に、シマウマ模様の効果を発見した日本の農業・食品産業技術総合研究機構のチームが選ばれた。黒いウシに縞柄を付けて「シマウシ」にすると、アブやツェツェバエなどの吸血昆虫をよける効果があるという。
実験はさほど難しくない。白いスプレーでしま模様を付けたウシ、黒いスプレーでしま模様を付けたウシ、通常のウシの3頭を用意し、どのウシに虫が付きやすいかを調べる。柵につないで30分後に虫を数えたところ、通常のウシには128匹、黒いしま模様のウシには111匹付いていたが、シマウマ模様のウシは55匹と他の半分ほどで、たしかに虫が近づきにくくなっていたという。
今回の研究が実用化されれば、環境への負荷が大きい殺虫剤を散布しなくても家畜の感染症を予防できる可能性が出てくる。若い女性がシマウマ柄の服や帽子を身につけると、妙な虫が寄り付かなくなるかもしれない(?)。
イグ・ノーベル賞はノーベル賞のパロディー版で、1991年に創設された。「イグ」とは否定的な意味を持つ英語の接頭辞「ig」に由来する。人々を笑わせ、同時に考えさせるようなユニークで真面目な研究に、この賞は贈られる。なんと日本の研究者の受賞が19年連続とは素晴らしい。
たとえば、ハトを訓練してピカソの絵とモネの絵を区別させることに成功した「心理学賞」(1995年)、バナナの皮は本当に滑りやすいのかを研究した「物理学賞」(2014年)、ウシの排泄物からバニラの香り成分「バニリン」を抽出した「化学賞」(2007年)、キスでアレルギー患者のアレルギー反応が減弱することを示した「医学賞」(2015年)等々、ユニークな研究ばかりである。
イグ・ノーベル賞の受賞者がなぜ日本人に多いのか、理由はいろいろ考えられる。変化に富んだ季節の移ろいの中で暮らしていると、自然と密接に結びついた遊びの文化がおのずと創造されてきた。文学の面でも、天皇から庶民まで和歌に親しみ、やがては俳諧も生まれる。それは元来、遊び心や滑稽さを特徴とする言葉遊びであった。
俳聖と仰がれる松尾芭蕉は、芸術性の高い独自の「蕉風」と呼ばれる俳諧を確立する一方で、「俳諧は三尺の童にさせよ」とも述べた。大人が持つ知識や常識にとらわれず、子供のような無垢な心で表現するおもしろさを重視したのだ。
年々や猿に着せたる猿の面
夕顔や酔うて顔出す窓の穴
マニアックな分野を真面目に追求するオタク気質も、ある研究をサポートする大学や研究所のチームワークも、日本人ならではのものがある。来年もどんな賞が贈られるか、大いに期待したい。
(次回は11月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『これが倫理経営─ダイジェスト・倫理経営のすすめ』(倫理研究所刊)。