倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第93回
あと4カ月ほどで「平成」の御代が終わる。これまで約30年間の世の中の出来事と、個人的な思い出を重ね合わせながら、深い感慨に浸りつつ新年を迎えた。
とりわけ強い印象が残っている出来事は、やはり東日本大震災である。あの日、年に一度の家族旅行で島根県に居たため、強い揺れを筆者は知らない。しかし、同行しなかった老母とまったく連絡がとれず、旅先で眠れぬ不安な一夜を過ごした。帰京すると、放射性物質による汚染の風評が飛び交い、混乱をきわめていた。
それから20日ほどが過ぎ、東北自動車道が開通したので、津波で被災した東方3県を廻った。その惨状に仰天し、息を呑むばかりだった。大地の激しい揺れや巨大津波のみならず、原発震災に直撃された福島県民の苦悩は、いまだに解消されていない。
四つのプレートが重なる上に位置する日本列島は「地震の巣」である。いつどこで大地震が発生しても不思議ではなく、そのための警告もしばしば出されているのに、1週間分の水や食料や燃料を備蓄している人は驚くほど少ない。「自分だけは大丈夫」と思っているのだろうか。2040年までには南海トラフ巨大地震がかならず発生すると、地震学者たちは口を揃えている。
地震だけでなく、どんな災害が起こるかわからない大変動の時代を、われわれは生きている。異常気象は世界中に蔓延している。地球上に安心な場所などどこにもないと覚悟して、非常の時に備えるのは、現代人のモラルでありマナーであろう。
大震災で思い出すのは、悲惨な状況だけではなく、日本中が愛に包まれる時を経験した事実だ。大半の国民が被災者の救援に心を砕き、自分に出来ることを実行した。ふだんは非道なふるまいをしている暴力団すら、支援物資を満載したトラックで被災地に駆けつけたという。被災者たちの秩序正しい利他的な行動が、世界中から絶賛もされた。大震災は「無縁社会」という不気味な言葉を、一気に吹き飛ばしたのである。
「災害ユートピア」は日本だけでなく、外国でも生まれる。人間は利己性と利他性を兼ね備えているのだ。いかにエゴを抑制し、利他的行為を増やしていくかが、平常時の生活でも問われている。
東日本大震災は、大変動の時代が本格化する狼煙(のろし)だったのではないか。以後、日本でも世界でも想定外の出来事が頻発してきた。グローバリゼーションの潮流が大きく変わるなど、誰が予想したろう。AIがこれほどまで時代の寵児(?)になるとは信じがたい。天皇陛下が譲位のお気持ちを示されたことも、皇帝のようなカリスマ経営者が追放されたことも、予測した識者などいない。
では、世の中はこれからどうなるのか。おそらくはピーター・ドラッカーが喝破したようにしかならないだろう。いわく──「ここで自信をもって予測できることは、未来は予測しがたい方向に変化するということだけである」(『ネクスト・ソサエティ』(原著2002))。
予測しがたい未来は、不安に満ちている。しかしまた、どんなチャンスが待ち受けているかしれない好機でもあるのだ。
(次回は1月第2週号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『ともに生きる』(倫理研究所)など多数。