丸山敏秋「風のゆくえ」第7回
リーダーに求められる能力の一つに「先見力」がある。世の中はこれからどう変わるか、世界の情勢はどうなっていくか…。それを知るのは難しい。どんな予言者も未来を正確に予知などできない。
けれども未来をある程度は見透し、進むべき針路を示せないようでは、リーダーとしての資質を疑われる。
広い所で両目をギュッとつぶり、歩いてみたらいい。真っ直ぐ歩ける人はまずいない。体は左右に歪みがあるので、どちらかに曲がって行ってしまう。あるいは恐怖のため、中途で立ち止まってしまうだろう。リーダーがそのようであったら、誰も着いてこない。
しかし薄目でも開けていれば、方向が定まり、ズンズン進んでいける。先見力で肝心なのは、何が起きるかを予知することではない。世の中の動きの方向や傾向を察知することなのだ。雑多に溢れる情報を上手に取捨選択し、分析を加えて統合していく訓練を積んでいけば、先を見透す能力は相応に磨かれていくだろう。
もっと大局的な方向をつかみ取るには、細かな情報だけを追いかけるだけでは難しい。どうしたらいいか。
歴史に学ぶのがベストの方途であろう。「歴史は繰り返す」という。同じ出来事は二度と起きないが、栄枯盛衰のパターンは歴史の中で繰り返されてきた。社会変動には大小さまざまなサイクルも認められる。そうした周期性に着目して、現代と照らし合わせてみるのだ。優れたリーダーには歴史通の人が多い。
さらに加えて肝心なのは、先を見透すときに明るさや希望の光を見出せるかどうか、である。
辛辣な批評家でもあった勝海舟のもとを、医学生だった後藤新平(明治の政治家)が訪問したときの逸話がある。後藤は処世の道を尋ねた。
「君は医者を目指しているからには、首の運動くらい心得ているだろうね」
「ハイ、前屈、後屈、左右転」
「もうないかね?」
考えても後藤には思いつかない。
「今の人間は、それだから困る。も一つあるよ。それはねぇ、チョイと首を持ち上げてみるという運動さ」
さらに海舟先生の言葉が続いた。
「人の一生には、八方塞がり、どちらを見ても暗雲に閉ざされている様なことがあるものだ。その時には、チョイと首を持ち上げて見ると、明かりが差してくる。これが処世上の大事な心がけじゃよ」
勝海舟のこの訓言は、先見力にも当てはまる。人は概して心配性であり、未来を暗く捉えてしまう。せっかく未来を見透しても、暗く厳しい面ばかり見ていたのでは自他共にやる気が失せる。ノーテンキな楽天主義では困るけれども、チョイと首を持ち上げて未来に光明を見出し、それを伝えられるリーダーになりたいものである。
(次回は11月12日号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。