〈インタビュー〉「ノブタカアシハラ建築事務所」代表・芦原信孝氏

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世界各地のホテルなど手掛ける日本人建築家

“日本人丸出し”で挑む

Mr. Ashihara

〈プロフィル〉 芦原信孝(あしはら のぶたか) 東京生まれ。法政大学工学部建築学科卒業。1965年鹿島建設に入社し、翌年渡米、Kajima Associates Los Angelesに勤務。その後、ハーバード大学大学院修了し、78年Nobutaka Ashihara Architectを設立。アメリカ建築家協会、日本建築家協会会員。日米伊各地で講演・展示などを行う。

超高層ビルがひしめくニューヨーク・マンハッタン。その中のいくつかの建築を手掛け、世界を相手に活躍する日本人建築家がいる、芦原信孝氏―。同氏率いるノブタカアシハラ建築事務所は1978年に設立。ニューヨークにメーンオフィスを構え、世界各地にホテルをはじめとする商業施設、住宅、学校や美術館などの教育文化施設、さらにはオフィス、店舗の内装工事設計など数々の建築設計を手掛けている。
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クライアントから依頼を受けた際、同氏はクライアントの経済性を軸に、彼らの趣向や目的、採算性などを十分に満たす作品を提案する。見た目の良さはもちろん、機能的かつ安全性を考慮し、建物を利用する人だけではなく、その前を通り過ぎる人が建物に対してどう感じるかもよく配慮して設計する。「絵や彫刻などとは違い、建物は不特定多数の人の目に触れるものなので、非常に責任が重いですよ」と同氏は話す。そして、同氏が最も心掛けていることは、“日本人丸出し”で挑むこと。
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米国人クライアントの依頼の下、現在マンハッタンに建設中の“高さの面で全米で一番のホテル”こと「Courtyard & Residence Inn, Manhattan Central Park」も、そうやってコンペで勝ち抜いた。2013年に完成予定の同ホテルは、高さ約270メートル、階数にして69階、総面積3万6000平米、客室数は約630室ほどの規模で、このニュースは米ニューヨーク・タイムズ紙でも大きく取り上げられた。 米大手建築事務所2社を相手に、コンペで勝ち抜いた理由は、まさに同氏が貫く“日本人丸出し”の不屈の精神と努力だった。「客室600室は欲しい」というクライアント側の意向に対し、ほかの2社は米国の建築法規を理由に約400室での設計案を提示。だが、同氏は建築法規を徹底的に調べ直し、複雑なため一般的には使われていない手法を駆使してゾーニング上の規制を満たすことに成功、600以上の客室を確保する設計案を提出した。「2カ月ほどしか時間もなかったし、競合の2社に比べ、決して見栄えのいいプレゼンテーションではありませんでしたが、全て施主の要求を満たしていました。“約束したら死んでも守る”“そのためには、昼夜関係なく徹底的に努力・工夫する”という日本人の良さを貫いた結果ですかね」と、芦原氏はその時を思い返しほほ笑む。そして、「私は日本人で、英語もうまくないし、米国籍でもない。けれども、会社の規模やコネクションなど関係なく、こちらの努力に対しフェアな評価を下してくれる、それが米国の良さですし、米国で仕事をする醍醐味ですね」と語る。
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marriott financial center facade

現在も変わらずそびえる「Marriott Financial Center」

NJ mitsubishi

Mitsubishi Electric Sales America社屋(ニュージャージー州)

1717 Broadway

ニューヨーク・タイムズスクエアに現在建設中の「Courtyard & Residence Inn, Manhattan Central Park」完成予想図。全米一の高さとなる

同氏の事務所では、最近マンハッタンに完成した高層ホテル「Hyatt 48 Lex」や「Residence Inn by Marriott & Times Square New York」、中国・マカオのコンベンションセンター、また米同時多発テロの際に唯一崩壊しなかった「Marriott Financial Center」など、これまで建設に携わったものは200を超える。米国各地にとどまらず、欧州、中国など、世界中に案件を抱え、現在も20件ほどのプロジェクトが進行中。この景気低迷の中、同社の繁盛ぶりには目を見張る。 “日本人の良さ”を全面に押し出すことともに、日本だけを相手にしないことも外国で成功する理由だと、芦原氏は話す。「外国だからと肩肘張って頑張る必要など決してない。外国人相手に、日本人として、日本的なやり方を貫いた方が楽ですし、評価も大きいのではないでしょうか。外国を意識しないで、ごく日本的な情緒を描いた小津安二郎監督の映画が米国でも良く理解されるようにね」―。
一度は日本でも設計するのが夢
これまで世界各国を股に掛けて活躍する同氏だが、日本にはまだ同氏が携わった建物はない。「設計から建物を完成させるまで、長い月日が掛かります。今進めているものをきちんと終わらせて、そして一度は母国・日本で設計したいですね。それが、私の夢です」と語った。
(「WEEKLY Biz」(ニューヨーク)2011年11月26日号掲載)

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