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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第76回

20世紀を代表する画壇の巨匠パブロ・ピカソは、スペイン南部のマラガで生まれた。子供の頃から優れた画才を発揮し、美術教師だった父親を驚嘆させる。14歳でバルセロナに移り住み、23歳でパリへ。才能をいかんなく発揮し、その後にまったく新しい手法である「キュビスム(立体主義)」を、ジョルジュ・ブラックと一緒に完成させていく。

ピカソが1907年に描き上げた『アビニヨンの娘たち』がキュビスムのスタートといわれる。5人の裸婦たちは、とんでもない格好をしていたり、顔が割れていたり、乳房が尖っていたり・・・。背景も壊れた鏡のように奇怪である。

絵を描くときに視点を定めるのは、一種の限界を設定することを意味する。肖像画は、人物の見える面は描くけれども、見えない背面は描写しない。しかし、視点を背後に移動させ、それも描き込んだらどうなるか。もう普通の肖像画ではない。その手法がキュビスムで、描き手は視点を自由に移しながら対象をとらえ、1枚の画布に収めてしまう。限界は破られ、ルネサンス以来の一点透視図法は否定される。

われわれも普段、ある一定の所から物事を見ている。ほとんど無意識のうちに、対象を限定したり、枠をはめ込んでいる。「井の中のかわず」には空のわずかな一角しか見えない。針の穴からのぞいた天はもっと狭い。自ら狭く限定した対象を見て、ああでもない、こうでもないと思い煩い、互いに言い合っている。ときは思いきって、視点を移してみてはどうか。

心理療法の一つにフォーカシングという技法がある。一口に言えば、自分の心のいろいろな声に静かに耳を傾けることで、心のメッセージやヒントを受けとめ、こだわりを解放させていくセルフヘルプの方法である。

たとえば辛いことがあって悲しんでいるとき、その心の状態をしっかり見つめる。悲しみに打ちひしがれていたり、悲しみから逃れようとしたり、心はさまざまに揺れ動く。いくつもの角度から見つめていると、悲しんでいるのは自分の全てではなく、部分であると気づく。

あることで悲しんでいる自分の一部分の訴えにしっかり耳を傾け、何がしかのメッセージを受けとめられたなら、自分の考え方や生き方を変え、悲しみから抜け出すヒントが見つけられるものだ。

倫理運動を創始した丸山敏雄は、日常のどんな苦難も自分の「わがまま」や不自然な生き方を知らせるべく生じた警報なのだから、喜んで受けとめよと教えた。しかし実際は心が波立ち騒いでいるため、とても喜ぶことなどできない。どうしたらよいか。

視点を「内から外へ」と移動させるのだ。

――「苦痛のただ中にとざされた時は、その中からぬけ出して、外から自分の姿を心を、静かに眺めてみるがよい」と丸山敏雄は諭した。視点を移して苦難を客観的に見つめ直すと、「有り難い」と冷静に受けとめられるようになる。あとは、自分を変える実践に励めばよい。やりさえすれば、きっと苦難は解決へと向かう。「苦難は幸福の門」だと実感できるようになる。

丸山敏秋

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『「いのち」の輝き』(新世書房)など多数。

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