〈特別編〉痛みはなぜぶり返すの?
瓜阪美穂「理学療法士が教えます」身体が痛い本当の理由【第33回】
一度なくなった痛みがぶり返すことがあります。特に寒い時期に起こりやすいこの状態、ぶり返すとなんだかとても不安になるものです。
痛みは体の不具合によって発生
痛みというのは、何らかの体の不具合によって発生します。人間の体には「完璧」「完全」はありませんので、全ての症状がゆっくりと移行していきます。理由もなくゼロからいきなり痛みを強く感じるレベルへ行くことはなく、気付かない間に体の不具合が増えていくことで小さな出来事をきっかけに痛みとして感知します。健康な体であれば鉛筆やゴルフボールを拾うような小さな動きでぎっくり腰になることはまずありえません。ところがこの小さな動きをきっかけに怪我(けが)をしていることに気付くことが多いのです。
痛みがなくなる=完治ではない
上の図をご覧ください。不具合が痛みとして意識に現れるタイミングのグラフです。私たちの日常の体の状態が青の線です。青の線の左側に行くと健康で、右側に行くほど不健康な状態を表しています。不健康になって「Pain Threshold」(疼痛閾値)の1のレベルを超えると痛み「A」として出てきます。多くの人がもう大丈夫と治療をやめてしまうタイミング「B」は、私たち専門家が考えるタイミング「C」とズレがあります。
例えば、足首を捻挫して痛みを感じても1週間安静にしていたら痛みを感じなくなり「治った!」と誤解していませんか? 痛みがなくなったといっても歩いたり、走ったりするための力、柔軟性、反射神経が戻っているかどうか確認していますか? 実はここからが本当の治療です。
治療(1)まずは筋力、バランスを強化
まず足首周りの可動範囲や筋力を戻すために筋膜への徒手療法や、足首の運動を行います。これが戻ったら、足首の固有感覚受容器(proprioception)を戻すためにバランスの体操などを行います。その上、腹筋、股関節周りと足首、ふくらはぎ周りの筋肉がタイミングよく起動するための運動や固有受容性神経筋促通法(PNF)を行います。
治療(2)足首と脳の情報を一致
そして次に大切なのが足首の情報と脳の情報を一致させることです。捻挫で足首の靭帯(じんたい)が傷んでしまうと、靭帯の中の神経の働きが弱まり、脳とのコミュニケーションが減ってしまいます。これによって脳の中で示している足の存在が薄くなり、足首への指示が遅くなります。つまり何が起こっているのか認識して反応することが瞬時にできなくなっているのです。このような時、例えば、でこぼこした道を歩くと脳の対応が遅れ、再び捻挫になります。治療は脳がしっかりと情報をつかめるようになった時に終了します。脳と体のコミュニケーションが取れるようになると、外部からの摂動にも対応でき、捻挫が癖になることを防ぎます。足首コアそして脳の連動性を改善して、正しく楽に足を使えるようになるまで治療を続けましょう。
不具合の出現
インフレンザで熱になった時に、急に体のあちこちが痛みだしたりするのは認識していなかった不具合が現れてきたからです。図を見ると通常は、本来の体の状態(青の線上)で暮らしていると、痛みを認識できる1のレベルの下に存在している「B」を感じられません。ところが、インフルエンザで体中の炎症の増加によって体の状態が一時的に赤の点線上に移るように悪化し、Pain Thresholdのすぐ下にあった物が1のレベルを越えてしまうことで痛みとして意識上に出てきます。人によってインフルエンザにかかった時に痛む箇所が異なるのはPain Thresholdの下にあった不具合の場所がさまざまだからです。
ストレスや寝不足で敏感に
よく似たケースではストレスや寝不足などでも起こります。ストレスを抱えると体中のいろいろな機能が刺激に対応できなくなり、痛みを感じやすくなります。これはストレスでPain Thresholdが2のレベルに下がり、1のレベルでは隠れていた痛み「B」が表に現れて痛みと認識するのです。これらの痛みは急に発生したものではなく、感覚が敏感になったことで隠れていたものを脳が知覚できるようになったのです。
熱やストレスの時に痛むのは、以前何か問題が起こったのに正しく解決できていない場所があることを示しています。
同じ痛みがぶり返さない状態になるのが真の完治
慢性的な怪我というものはまずありません。たびたび同じ痛みになるのはもともとの怪我がただ治りきれていないものです。怪我の治療を行う場合、まずはもちろん痛みをなくすことを目的としますが、その後が本当の治療です。怪我の原因となっている体の異常を探し出し、これまでの体の使い方を見直します。体の柔軟性や筋力を取り戻し、同じ痛みがぶり返さないような体の状態になるのが真の完治です。
痛みにたどり着く前に適切な対応を
普段から自分の体がどのくらい動くのかを感じ取りながら日々過ごすと、体の変化に気付き、大きな怪我を防いでいけるようになります。痛みにたどり着く前の段階で適切な対応をとり健康な状態を保ちましょう。
(次回は8月第2週号掲載)
〈筆者プロフィル〉
瓜阪美穂(うりさか みほ) 理学療法博士、整形臨床スペシャリスト。ニューヨーク州立大学ビンガムトン校を卒業後、南カリフォルニア大学理学療法博士課程を修了。ブロードウェイミュージカルのダンサーの理学療法士としても活躍中。米国の理学療法により、自身の身体に興味をもち、正しい動作を生活に取り入れることを目的に治療や指導を行っている。
★身体に関する皆様からの質問も受け付けています。
【ウェブ】https://omptny.com/ja/