貴乃花 インタビュー 達成した時に生まれた感情は「感謝」でした

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貴乃花光司

BOUT. 294
第65代横綱 貴乃花光司に聞く

NYUで中高生親子のために講演

22歳の若さで第65代横綱となった平成の大横綱、貴乃花光司氏。今年5月には相撲道を子供たちや世界に普及させる目的で一般社団法人「貴乃花道場」を設立。その活動の一環として7月下旬、マンハッタンのニューヨーク大学で中高生向けの特別講演「稽古と心」を行った。ニューヨークを訪れた貴乃花氏に、幼少期、父親とのこと、現役時代など、貴重なお話を伺った。(聞き手・高橋克明)

信念だけは通そう。花が咲かなくても自分は自分でいるべき

非常に素晴らしいお話でした。直球ド真ん中の内容でシビレました。

貴乃花 職業関係なく、世の中の成功されていらっしゃる方は皆さん大体、同じようなことを言われていますよね。生い立ちに感謝して、環境に感謝して、その上で社会にもまれて、反骨心が芽生えて、それでも腐らず、自分の信じた道を歩く。そのベースは(皆さん)変わらないですよね。

過去、インタビューしたどの業界のトップの人であれ、そのあたりは確かに共通したことを話されていた気がします。

貴乃花 今の子供たちは「夢がない」など言われがちな世代なのですが、実はわれわれも上の世代から同じように言われていたので、これって、もう“年中行事”みたいなもので。

確かに僕たちの世代も言われていました。(笑)

貴乃花 「今どきの子は…」とはいちばん言ってはいけないセリフなんですよ。私も使わないようにしています。今の子供たちも自分たちの世代もそんなに変わらないんですよね。科学の発展や環境は違いますよ。しかし、根本は一緒なんです。どんな職業であれ、例えばお医者さんになりたい子でも、ビジネスマンになりたい子でも自分の信じた道を突き進んで行けば、そこに必ず感謝の観念が生まれる。何かを達成した際に、生まれる感情はやっぱり「感謝」の気持ちなんですよね。

だからこそ、また頑張れる、と。「感謝できる人間はくじけない」という発想は聞いたことがあるようで、実は初めて聞く言葉でした。

貴乃花 特にわれわれのようなスポーツ業界に身を置く人間は、結果を出して、持ち上げられると、ついつい「感謝の念」を忘れがちになってしまうものなんですね。その道で成功すれば(謙虚になることを)周囲がなかなか許してくれない。若くしてスターになると、特に忘れがちにさせられてしまう傾向にあるんです。

親方は10代で国民的スターになりました。ご自身の経験からくる言葉は重みがあります。

貴乃花 そこは(周囲の声と)逆行していかなければいけない。持てはやされたとしても、自分を見失ったらダメなんですね。ただ、行き着けば行き着くほど、上に上がれば上がるほど、足元とその空間を埋める作業は大変ではあると思います。(注目する)世間と、時代の流れと逆行して、自分と向き合って、自分を確立していかないといけない。

当時から、それに気付かれていた?

貴乃花 そこは特に誰も教えてくれません。こればっかりは、自分で気付くしかない。ただ、私の師匠(先代貴ノ花)がそういう感覚で「角界にスターはいらない」という考えでした。そこで育てられたのはありがたかったですね。その感謝があるからこそ、ますますその道を極めようと思えたのだと思います。

日本中が次の取り組みに注目したあの経験は、親方しか体験できませんでした。その経験があったからこそ、今、子供たちに伝えたいことが出てきたのでしょうか。

貴乃花 そうですね。15(歳)で入門して、30年間やりきって、部屋も持って、後進を育成して…。あと自分に何が残されているかなと。優しい言い方をすれば、もう天国に行っていいんじゃないかって気持ちにもなったんですよ。「自分にはもう、やること残ってないだろうな」と。弟子も育てたし、一人大関になりましたし、後は何があるだろうって思った時に、やっぱり「ここ」しかないんですよね。自分が生い立ってきたものを今度は大人になった自分がお子さんに返す。そして、その親御さん方が喜んでくださる。幸せをお返しし、感謝の気持ちをお返しするということしか、もう残されてなかったんですよね。これはもう、血縁とか身内とかだけにというものではなく、自分に関連がある、今日(この講演会に)参加してくれた方々や、ご縁のある方々にことごとくお返ししていくというスタンスでやろうと思っています。

相撲で培ったことを通じて人材育成することが、ご自身の残された人生の責務だ、と。

貴乃花 そうですね。しかし、事業として展開していくというより、私の場合は、商売ではなく、自分の本道をただ伝えるための場所という感じですかね。自分が培ってきた精神的なものを、お子さんとその親御さんに返していく循環作業に入っていく感じです。

親方ほどさまざまな人生経験をされた方はいないと思います。そう考えるとまさにうってつけの事業ですね。

貴乃花 今までの人生は、困難がつきものでしたね。とにかく戦ってきた感じがあります。土俵に上がる時は逆に良かったんですけれどね。

その逆境が力になり。

貴乃花 そう考えてみると私は15(歳)で入門して、ちょうど今、30年くらい。一般の方が大学卒業して、会社に入社して30年たつと、大体53歳とか54歳とか。30年やり続けたら一般企業の感覚で言えば、ちょうど定年前なのかな、と。一区切りつくタイミングなんだろうなとは思いますね。

後進の育成には最高のタイミングだと。

貴乃花 一般企業の方々が定年まで勤め上げて、退職金を手にされ、田舎や海外に住まわれ、農作物や園芸などをされるタイミングで、私の場合は、お子さんにいかに伝達をできるかっていうことなのかなと。

伝えたいことを、あえて言葉にすると何でしょうか。

貴乃花 やはり、困難に立ち向かう際の、その時の強みは周囲に対する感謝の気持ちを持つ、ということですね。どんな生い立ち、家庭環境であれ、今自分がいる場所に感謝をする。自分が生きてきた道のりに自信を持つ。自分はこう生きてきて、生かされ、今、生きているんだ、と。そういう感情を芽生えさせたい。
お子さんはお子さんで、親は親であり、一体化はできないんですよね。やはり、どうしても、一人ずつの人間でしかない。実の親であるほど、与えられるもの、教えられるものの範囲は、また限られてくる。お子さんはいずれ社会に出ます。「可愛い子には旅をさせろ」とよく言ったもので、やはり両親の甘えがある場所にい続けさせるのではなく、いずれ手放さないといけない。そうなった場合に、私のような存在がいればいいかなと。

なるほど。

貴乃花 例えば、これから先、精神的にさまざまな困難を迎える場合もある。しかし、足腰を鍛錬して、日々生活の中で汗をかきながら、心を鍛えてやっていこうよと伝えるのが私の役割なのかなと思います。

家庭でも大学でも教えられない、人としての何か、を伝えていく、と。

貴乃花 そのためにも今回のこのプログラムは、非常にいいきっかけになりましたね。実際、こういうことがやりたかったので。親御さんのお仕事の関係で小さいうちから海外に住んでいるお子さん方、例えば、ニューヨークにいる幼稚園児、小学生たちは、日本の大学在学中に留学で海外に行く人たちと比べて、感覚的に「アメリカ思考」になると思うんですよね。ご両親とも日本人だとしても、小さいうちに行けば行くほど、そうなってしまう。前回、ミラノで講演会をさせていただいた時に感じたのは、各家庭が「だからこそ日本を忘れてはいけない」という思いで育てられてるなということだったんですね。

確かに海外在住の日本の子供たちにこそ、親方のお話は聞いてほしいですね。

貴乃花 「相撲」のもともとの語源は「住まう」で、日本人の心に住んでいるモノを指したんです。相撲は当て字なんですね。「相(あい)撲(うつ)」って書くじゃないですか。もともとは「あいうつ」で、「すもう」は現代用語での当て字なんです。昔は角力とか角道とも呼ばれていました。柔道、剣道と同じように「道」がまず先にありました。現役時代にはそこまで考えてないですよ(笑)。教科書に書いてないことなので、自分で土俵に上がりながら、徐々に知っていく感じですね。何事にもその基本があるから、今も土俵に上がった時の気持ちで、感触で、いろんな方と携わったり、本を見たりとか、見聞きしたりして学んでいます。

ニューヨークという街にはどんな印象を持ってらっしゃいますか。

貴乃花 実は今回、初めて来たのですが、ビルの密集率が高くて、東京の何倍もありますよね。まるで棒グラフみたいで。そのくらい世界経済の中心的なエリアなので、忙しい方も多いと思います。私もそうだったのですが、自分のことなんてほっぽり出して、働かなきゃいけないって感じになる街なんだろうなぁと思いました。そういった意味では「東京」と似ていますよね。東京の街並みはニューヨークをまねして作ったような感じも受けました。

お好きな街、になりましたか。

貴乃花 私、意外と合いそうな気がしますね。東京と違うのは、ニューヨークは個人がやればやるだけ対価として返ってくる印象があります。個人の能力をちゃんと評価する、という点ではニューヨークの方がずっと進んでいる気がします。それにこれからの日本に必要なことは、子供の段階で(他者を)差別したり、区別したりしない感覚を持つことだと思うんですよ。そのあたりも東京は(この街から)学ぶ必要があるのではないかと感じましたね。

確かに、うちの子供も世界各国から来た子供たちと4歳の段階で普通に遊んでいますね。

貴乃花 それが大切なことですよね。日本はまずは経済重視、という感じで、教育や育成の部分が2番手、3番手に置かれてきたように思います。そのあたりは、相撲の世界にいたころからずっと感じていたことなのですが、だからこそ、教育や育成において、自分は自分の道を、信念だけは通そう、と。いつかはどこかで花が咲くかもしれないし、咲かなくても、自分は自分でいるべきだと思ってやってきました。これからの日本は、子供の段階から個人の活躍・能力が、正当に評価されていかなければいけないと思っているので、そこはニューヨークを見習うべきだと思いますね。

先ほどの講演会で、ご自身の人生は15年周期とおっしゃっていました。ここから約15年で60歳になられます。還暦になったご自身はどこで何をされていらっしゃるでしょう。

貴乃花 日本国内に限らず、世界中を回っていられるようになっていたらいいなと思います。私が土俵で学んだものを、日本祖国を離れ海外で活躍されている方々にもお伝えできればなと。日本を離れて暮らされる方に、日本を決して忘れることなく、祖国に感謝して、海外でさらに活躍していただきたいという気持ちですね。

貴乃花光司

 

★ インタビューの舞台裏 → ameblo.jp/matenrounikki/entry-12518150866.html

 

貴乃花光司(たかのはな・こうじ) 職業:第65代横綱
1972年8月12日生まれ。入門当時からその優れた素質が話題となり、前評判に違わず数々の最年少記録を打ち立てる。18歳で当時の横綱千代の富士を破り、21歳で大関、22歳で第65代横綱に。生涯戦歴は、794勝262敗、幕内優勝は22回、その他、殊勲賞4回、敢闘賞2回、技能賞3回など第65代横綱として数多くの記録を残す、平成の大横綱である。

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〈インタビュアー〉
高橋克明(たかはし・よしあき)
専門学校講師の職を捨て、27歳単身あてもなくニューヨークへ。ビザとパスポートの違いも分からず、幼少期の「NYでジャーナリスト」の夢だけを胸に渡米。現在はニューヨークをベースに発刊する週刊邦字紙「NEW YORK ビズ」発行人兼インタビュアーとして、過去ハリウッドスター、スポーツ選手、俳優、アイドル、政治家など、400人を超える著名人にインタビュー。人気インタビューコーナー「ガチ!」(nybiz.nyc/gachi)担当。日本最大のメルマガポータルサイト「まぐまぐ!」で「NEW YORK摩天楼便り」絶賛連載中。

(2019年9月14日号掲載)

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