〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(6)

おつりを渡すとき相手の掌に触れることがあります。たいていの人の手はやわらかいのに、黒人の手だけは、なぜか象の背中でも触っているように、ざらざらしている。はじめてそのことに気がついたとき、なんだか悲しくなった。神様はなんと残酷なことをするのだろうと。しかし、よくよく考えてみると、私にそういう気持ちが起こったのは私が彼らの皮膚の色や肌触りを否定的に捉えているからで、右利きの人もいれば左利きの人もいるように、それが彼らの特徴と考えれば、別におどろくことはなかったのです。――弱い立場にいる人を理解、同情する気持ちは大切で、私が彼らと同じ最下層か、それに近いところに位置していたから、よけい憐れむ気持ちが起こったのでしょうが表面に惑わされず、中身や取り巻く環境にまで注意を払う必要がある、と悟ったのでした。
七番街のメーシーズ・デパート前という立地のせいもあって、ランチは毎日長蛇の列、――Sと二人で二時間くらいのあいだに二百人さばいていました。くそ忙しいときに、あのフランクがいい、いや、こっちのにしてくれない、などと自分が食べるフランクフルトを指定してくる客や、つりが一セント足りない、と言う客や、一口食べて返す客など、日本では考えられないような人間もいっぱいいて、アメリカ人を知るという意味では、いい勉強になりました。
肉を食べなくなったのは、そのころです。いえ、わがままな客のせいではありません。もともと肉食には疑問を持っていたから、澤田君夫婦の家で彼らの肉を食べない生活を見て、よし、おれも、と思ったのです。
彼はさらに、漢方、指圧、ハリなども勉強していました。「将来、村をつくろうと思って。――村には医者も必要だから」彼は眼を輝かせて言った。「故郷にはきれいな川が流れていてね。それが、ぼくの原点になっている」
男は「村」にロマンを感じる。私が考える「村」の原点は、おそらくユースホステル、――知らないもの同士が出会い、知り合う場所です。
澤田君はのちに故郷の市長になるから、いちおう実現させたわけです。私の「村」は、最初に書いたように失敗します。壁や障害物を乗り越えてゆくだけの強い意思を持っていなかった、というのが失敗したいちばんの原因です。
私の「デリ・シティ」での食事は、そういうわけで不味いご飯と肉抜きハンバーガー。ご飯は炊き方そのものが違うから、ふっくらしたご飯を好む日本人には、水を入れすぎたうえに蒸すのを忘れたご飯のように不味い。肉抜きハンバーガーは、ハンバーガー担当者のところに行って、玉ねぎ、レタス、トマト、ピクルスなどを、たっぷり挟んでもらう。ヘンなやつだと思われていたのは間違いありません。「肉を食わないと力が出ないぞ」と、よく言われましたから。
ベジタブル・バーガーの元祖は、この私だったのです。
(次回は7月21日号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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