〈コラム〉ニホンミツバチの教訓

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第140回

数年前に映像作品を制作するロケで、長崎県の対馬を訪れた。玄界灘に浮かぶこの島は、面積では日本第10位、島内人口は3万人余り。朝鮮半島に近いため、古くから大陸との文化的・経済的交流の窓口の役割を果たしてきた。

車で移動しながら山側を見ていると、あちこちに高さ50センチほどに斬られた木の幹のようなものが置かれている。それは「蜂洞」だと案内人から知らされた。なんと対馬は国内で唯一、ニホンミツバチだけが生息する島なのである。

この島の養蜂の歴史は古い。海に囲まれているために、他の害虫が上陸しにくく、寒暖の差が大きいためにセイヨウミツバチは繁殖しにくいらしい。人口よりも数の多い蜂洞は、現在も島民の生活に深く関わり、島の豊かな自然と共生している。

日本人が口にするハチミツの99.9%はセイヨウミツバチの蜜を集めたものだという。しかもニホンミツバチは、1匹あたりが集める蜜の量がセイヨウミツバチの5分の1と少ない。ニホンミツバチの密を味わうのは絶望的に難しいのだ。

その対馬の養蜂は、今や危機に瀕している。外来種のツマアカスズメバチが島内で繁殖し、その攻撃を受けている。サックブルード病というウイルス性の病気にかかる群も増えている。この病気にかかると、幼虫が増えなくなってしまう。

ところでミツバチといえば、以前、野田佳彦元首相と一席を共にしたときに聞いた話が忘れられない。総理大臣はその地位から去ることが決まると、天皇皇后両陛下がねぎらいの食事会を催してくださるという。野田氏は2012年の年末に辞任したが、やはり夫妻で宮中に招かれた。どちらかといえば寡黙な天皇(現在の上皇)の隣で、美智子皇后(現在の上皇后)がもっぱら話相手になってくださる。

そのときに皇后はミツバチの話を持ち出された。ミツバチの天敵はスズメバチである。スズメバチは生きている昆虫を捕獲し、しかも自らはそれを食べず、強力な顎で細かく噛み砕いて肉団子にして幼虫に与え、自分たちは幼虫が分泌する液をエサとしている。ミツバチは格好の獲物なのだ。

セイヨウミツバチはスズメバチが現れると為す術なくやられてしまう。ところがニホンミツバチは群れが結集して一丸となり、撃退できるのだ。あとで筆者が調べたら、巣の中に偵察役のスズメバチをおびき寄せ、数百匹もの数でスズメバチを包み込んで蒸し殺すのだという。

どうして美智子皇后がミツバチの話をされたのか、そのとき野田氏はわからなかった。あとになって、当時の民主党は結束力が欠けていたのを、ニホンミツバチを例に示唆されたのではなかったか、と気づいたという。野田氏の直感は、正しかったのではないか。

日本人は集団行動が得意である。日本的経営の特色の一つも集団主義であった。ところが昨今では、外圧を受けると、たちまち四分五裂してしまう。分断化がはびこり、国民の結束力が弱まっている。難題に直面したときこそ、ニホンミツバチの習性を見習ってはどうであろうか。

(次回は2023年新年号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)。

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