“スーツ”について その23
スーツは西洋生まれの西洋育ち、そして私たち日本人は東洋人。極めてザックリした言い方ですが、そういうことで間違いはなく、であるならば、きちんと西洋について最低限のことは知っておこうというのが僕のスーツに対する基本的なスタンスです。逆に西洋人が日本の着物を着る場合にも同じことが言えると思います。お互い相手の文化をきちんと理解する努力をすることがリスペクトの第一歩、着こなしアップにも効果があります。
西洋の芸術、文化における価値観は、キリスト教の布教以前でしたが、古代ギリシャ・ローマの時代にほぼ確立されたと言ってよく、手短にその特徴を申し上げるのは大変ですが、あえて申し上げれば、それは“生きている人間の喜びと躍動感”の表現にあるのでは、と。加えて“人間とは不完全な存在であり、それ故に人間なのだ”とも。で、その表現のためのキーワードが“アシンメトリーと立体”なのです。スーツの型紙が左右別々に起こされるのは、人間の体が左右不均等、アシンメトリーであるという事実に即しているのですね。その不均等をいかにより美しい不均等の服に仕上げられるか。不均等な体に均等シンメトリーなバランスの服では具合が悪く、不均等な体にありのままに合わせつつ、高度な不均等、生きる人間の美を追求、表現し、服として纏(まと)うということなのです。分かりにくいお話ですね(苦笑)。私たちの東洋的な美的価値観のように、片方に詰め物をしてシンメトリーにと、いう発想は彼らにはないようです。西洋人の多くは、自分たちの祖先はローマにありと考えておりますが、その後、多くの国に分かれ、それぞれ異なる国民性が育まれてもおります。中で最もかつてのローマからの感性を受け継いでいるように思われるのがナポリの人たちでしょうか。ナチュラーレという言葉に代表される、ウールの生地をアイロンの熱と水分を使って立体化する作業においては、ナポリのテーラーさんたちが仕立てる服に最もその特徴が出ているように思います。世界の既製服創世紀、20世紀の米国において、既製服業の確立に最も貢献したのが彼らでした。それではまた。
(次回は1月14日号掲載)
〈プロフィル〉 ケン青木(けん・あおき) ニューヨークに21年在住。日系アパレルメーカーの米国法人代表取締役を経て、現在、注文服をベースにしたコンサルティングを行っている。日本にも年4回出張。