丸山敏秋「風のゆくえ」第4回
世界的に気象が異常だ。6月上旬に北京に行ったら、長いこと雨がほとんど降らないと聞いた。中国南部は旱魃に苦しんでいる。黄河はとうに水量を失い、揚子江の中流までが涸れているという。「水」は中国の死活問題だ。今年の日本は夏場の電力不足が危惧されているが、水も電気もまずは節減につとめるしかない。
筆者が理事長をつとめる団体(社団法人倫理研究所)では、1999年から中国・内モンゴル自治区のクブチ沙漠の一角で植林活動をつづけている。モンゴル語でウンゴベイ(恩格貝)というその地区で植林を始めたのが、「沙漠開発の父」と呼ばれる遠山正瑛先生(鳥取大学名誉教授、1906〜2004)だった。ちなみに、サバクは砂漠でなく「沙漠」と書くのが正しい。降水量が極端に少ない地帯で、砂だけでなく土や岩石や塩の沙漠も世界各地にある。
農学者として鳥取砂丘の開発に成功した遠山先生は、大学を定年退官後、1991年に「日本沙漠緑化実践協会」を設立。85歳にして本格的な緑化事業を開始された。沙漠にも地下水脈は走っている。まずは生育の早いサバクポプラを植え、風を止める。砂が移動しなくなれば、農業が可能になる。砂地だから地下茎は大きく伸び、肥料なしでも驚くほど立派な野菜を収穫できる。すでに300万本を超える樹木が生育しているウンゴベイは、沙漠開発のモデル地区として知られるようになった。遠山先生の夢の第一歩は間違いなく実現したのだ。
驚くべきことに、先生の信条は「休まない」ことだった。農学を志した若き頃、恩師から「植物に休みはない。君は休まずに研究を続けられるか?」と問われ、即座に「ハイ」と答えてからだそうだ。ウンゴベイの沙漠開発基地には、2000年に先生の大きな銅像が建立された。中国で存命中の人の銅像が建てられたのは、毛沢東以来初めてだったという。台座にはこう刻まれている。|「遠山先生は沙漠化防止を世界和平に通じる道と考え、90歳の高齢でありながらたゆまず努力し、志を変えなかった。この精神は尊敬すべきであり、志は鑑(かがみ)とすべきであり、功績は長く称えるべきである」
クブチ沙漠の砂はパウダーのように細かい。初めてその沙漠地帯を見た時、あまりの美しさに感嘆した。無数に連なる砂丘とシルエット。そして到る処に風による砂の紋章が波打っている。今ではその一角に、森の緑による大きな紋章が刻印されている。
4年前からゴールデンウイークの時期に、40人ほどの青年の沙漠緑化隊員を募って派遣してきた。中国の大学生も60人ほどが参加し、彼らは共同作業で汗を流し、交流を深める。喜々として作業する彼らの姿も、上空から見たら、沙漠の上に印されたもう一つの紋章のように見えることだろう。
(次回は8月13日号掲載)
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。