倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第65回
「昨日は過ぎ去った今日、明日は近づく今日である。今日のほかに人生はない。一生は今日の連続である」「過去が現在を創り、現在が未来を築く」。――当たり前のことだけに、そうした人生の真理を深く味わうことが少ないように思う。
過去はもはや記憶の中にしか存在しないが、だからこそ呼び戻せる。振り返ると、なんといろいろな出来事があったことか。単調な物理的時間が流れ去ったのが過去ではない。大小多様な出会いが、人生の節目を織り成し、時間に濃淡をもたらした。〈あのときあの人を紹介されたから〉〈あれはあの場所に行ったから〉〈たまたまあの本を読んだから〉…。
日々さまざまな人や場所や物と遭遇するが、それらのすべてが出会いとなるわけではない。それによって人生が変わったり、道筋をつけられたり、大きな発見やヒントを得たり、忘れられない深い感動を味わったりするのが出会いだ。出会いが人生を築き、出会いが発見を生み、出会いが歴史を創る。
豊臣秀吉の天下取りは、織田信長との出会いに始まる。トロイやミケーネの遺跡が発掘されたのは、シュリーマンが8歳のときに父親からクリスマスプレゼントとしてもらった1冊の本が発端だった。ルソーの『エミール』を読んだ衝撃は、哲人カントをして独自の哲学体系を創造せしめた。ガンジーが弁護士として南アフリカに派遣されなかったら、インドの独立はよほど遅れたにちがいない。その地でガンジーは人種差別の酷さを見たのだ。
そうした意義深い出会いを「邂逅」と言い、禅では「値遇」とも言う。英語では「エンカウンター」だろうか。自分の意志とは無関係と思える「不思議なめぐりあわせ」というニュアンスが込められている。だから出会いは運命だとも言う。
単なる遭遇を出会いに高める、何らかの要因が自分の側になければ、出会いは起こらない。チャンスは無数にあっても、受けとめなければ出会いにはならない。発信だけで受信がなければ、情報は存在しないのと同じである。
未来の人生も、出会いによって創られる。誰が最初に唱えたのか知らないが、「運命を変える法則」というものが流布している。
〈心が変われば、行動が変わる。行動が変われば、そのうち習慣が変わる。習慣が変われば、やがて人格が変わる。人格が変われば、ついに運命が変わる〉
なるほどそうだと思う。では、人格が変わると、どうして運命が変わるのか?
それは、出会いの質が違ってくるからだろう。人格より発する一種の波動が、それにふさわしい出会いを呼び寄せ、運命を変えていくのだ。肝心要は最初の心の姿勢にある。その人の心のとおりに、運命も境遇も変わっていく。善くも、悪しくも。
かつて評論家の亀井勝一郎が残した、出会いについての次の名言を味わいたい。
「人生には不思議な邂逅があるものだ。それは求めて得られるものでもなく、求めずして得られるようなものでもない。ある刹那に、彼方より殺到してくるもののごとくである」
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『「いのち」の輝き』(新世書房)など多数。