〈特別編〉肩凝りについて
瓜阪美穂「理学療法士が教えます」身体が痛い本当の理由【第38回】
ミニ脳震盪を治療してアルツハイマー病や認知症を予防
「肩が重い」「首が回らない」といった肩凝りを訴える日本人の患者さんはとても多いです。これは大抵、姿勢の悪さやデスクワークが原因だと思われています。しかし実は肩凝りにはそれ以外にもとても根深い要因が隠れています。英語には「肩凝り」にあたる言葉がないことをごぞんじですか? 米国人は首が痛いとか、首回りの筋肉が硬くなっているという症状の自覚はあるのですが、「肩凝り」という概念がありません。今回はこの日本人の習慣病ともいえる肩凝りについてお話ししようと思います。
肩凝りといわれる症状は、頭蓋骨の付け根から肩甲骨にかけて広がる僧帽筋が硬くなり、凝りを感じます。
一般的な治療では、この凝りの部分のマッサージをしたり超音波や電気で温めたり、湿布を貼ったりといった治療や、痛み止め、または筋肉を弛緩(しかん)する薬を処方されたりします。これは天井から水漏れをしているのにペンキを塗ってごまかしていることと同じことです。こうした患部の痛みや凝りを一時的に抑える治療は、治療後に再び肩凝りが戻り、慢性化してしまいます。肩凝りの治療は、その奥にある本当の原因を突き止めることが大切です。
その1 姿勢の悪さによるもの
体は骨盤を土台として背骨や肋骨(ろっこつ)など積み木のように上に積み重なっています。そして8〜12ポンドのボーリングのボールくらいの重さの頭が背骨の一番上でバランスをとっています。猫背になってしまうと頭が前に落ちるので、この重い頭を支えるために首が緊張して、引っ張られた僧帽筋が硬くなってしまうのです。
この猫背を改善するためには、一般的には背骨から肩甲骨につながっている菱形筋(りょうけいきん)を鍛えたり、体の土台となるコアをしっかり鍛えてどこかに負担が掛かりすぎないようにするトレーニングが効果的です。
まずは右枠の体操をやってみてください。もしこちらに効果がなければ別の原因によるものかもしれません。
その2 脳震盪やむち打ち症によるもの
姿勢が特に悪いわけでもなく、肩甲骨の位置が正常な人にも肩凝りは見られます。反対に姿勢が悪いのに肩凝りがない人もいます。冒頭でお話ししたように米国人には肩凝りという概念がないのですが、日本人といったい何が違うのでしょうか? 実は脳が体に影響を与えていることからくる肩凝りの場合が多いからです。このような場合は、菱形筋やコアのトレーニングをしたところで効果がなく、それよりも脳への治療が必要となります。
脳震盪とは?
脳は軟組織で出来ており、脊髄液と髄液によって脳が頭蓋骨の中にとどまるように守られています。脳震盪(のうしんとう)では頭が素早く振られ、柔らかい脳が頭蓋骨にぶつかります。それにより脳にあざができたり腫れたりし、頭痛や吐き気を催したり、ひどい場合は物忘れや意識を失う症状が現れます。これは頭蓋骨が固く、腫れに対応できないので脳への圧力が高まるためです。
(1)脊髄液と腫れの関係
脳震盪でない場合でも、脊髄液の量が増えると脳へ圧力がかかり、似たような症状が出ます。例えばストレスによって肩凝りと頭痛、同時に目の裏側の疲れや顔のむくみなど感じる人も多いでしょう。さらに頭が重くなる感覚になることもあります。これは実際にストレスによって頭蓋骨に脊髄液がたまり、この液で頭の重さが増し、首が緊張して肩凝りを起こしているのです。
(2)むち打ち症と脳膜(髄膜)による保護
むち打ち症などが起こると、脳膜が硬くなります。これはクッションのように、脳が頭蓋骨に当たる衝撃を減らし、頭蓋骨内で脳の位置がずれないように守っています。脳膜は首や肩、全身に神経でつながっているため、引っ張られて体のさまざまな箇所が影響されます。
10マイル走れるけがでも
Aさんのケースを見てみましょう。もともと、ひざの痛みで治療にきていた30代の女性が、車の追突に遭いました。小さな追突だったので首、肩に少し筋肉痛の症状があったのですが、病院にも行くこともなく、通常通り生活ができました。その上、マラソンの練習のために翌日に10マイルほど走ることもできました。翌々日に膝の治療に来院したところ、首の可動範囲が少し小さくなっており、診察をすると脳膜が固くなっていることが分かりました。このような10マイル走れる程度のけがでも頭は小さな脳震盪の症状を起こしていました。むち打ち症は脳震盪を起こした脳を守るために首を固定させて動かないようにしているのです。同じく首が硬いと脳膜も固くなっていると考えられます。
脳への治療
Aさんの場合は脳膜を治療したところ、痛みがなくなり可動範囲もすぐに戻ることができました。しかし肩凝りで困っている多くの方はこのような小さなけがを放置し、負担を重ねています。慢性的な肩凝りを持つ人は、姿勢よりも脳内に原因がある場合が多いでしょう。米国人に比べて、日本人に肩凝りが多いのは、常に周囲からのプレッシャーがありストレスをためやすいというところもあるのかもしれませんね。これまで肩凝りの治療を受ける全ての患者さんが脳の治療を必要としていました。当クリニックではカウンタートレインという徒手療法で脳膜をほぐし、脊髄液を流すためのリンパ治療(ドレナージ)を行っています。さらに瞑想(めいそう)やストレスを解消するための体操などを処方しています。
原因をしっかり見極めて
このようにさまざまな要因が誘引する肩凝り。姿勢を改善して、ストレスも上手に解消しながら、何層にも重なっている原因をしっかり見極めて適切な処置が大切です。肩凝りは脳の中で何かが起きているという証拠かもしれません。最近の研究では若い頃にフットボールで頭を打つことと、年をとってからアルツハイマー病を発症することとの関連性が出ています。慢性的な肩凝りだからしょうがないと諦めてしまわずに、脳震盪と同じぐらいの病気だと思って「肩凝り」を対処していき、アルツハイマー病や認知症などの脳のけがを予防していきましょう。
姿勢改善トレーニング
●フォームローラーで背中をほぐす
縦長にフォームローラーを使って写真のような態勢で力を抜きます。腰を反らさずに左右にローラーを転がして背中をほぐしましょう。
●デッドバグでコアサポート
コアを強化する体操で、体の軸を安定させます。写真の態勢から交差する片手、片足を交互に動かします。手足を大きく動かすより下腹に意識を持ち、骨盤が動かないように練習しましょう。
●セラバンドで背筋トレーニング
ゴムのセラバンドを使った肩の体操で菱形筋を強くしていきます。写真のように腕を引き、肩甲骨の間でミカンを絞るように引っ張ります。
(2020年3月21日号掲載)
〈筆者プロフィル〉
瓜阪美穂(うりさか みほ) 理学療法博士、整形臨床スペシャリスト。ニューヨーク州立大学ビンガムトン校を卒業後、南カリフォルニア大学理学療法博士課程を修了。ブロードウェイミュージカルのダンサーの理学療法士としても活躍中。米国の理学療法により、自身の身体に興味をもち、正しい動作を生活に取り入れることを目的に治療や指導を行っている。
★身体に関する皆様からの質問も受け付けています。
【ウェブ】https://omptny.com/ja/