ストレスは心臓呼吸でコントロール可能

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〈特別編〉自律神経について
瓜阪美穂「理学療法士が教えます」身体が痛い本当の理由【第39回】

今もなお新型コロナウイルスの感染が広がり続けている中、先の見えない状況に恐怖心や不安を感じている人も多いのではないでしょうか。こうした精神的なストレスを必要以上に感じていると、自律神経の働きによってホルモンバランスが崩れて体の免疫力が下がり、喘息(ぜんそく)や心臓病、肥満など、さまざまな病気にかかりやすくなります。しかし、このようなストレスによる心身への悪影響は、実は特別な呼吸法を行うことで自律神経を刺激して改善できるのです。

呼吸、血液循環、体温調節、消化などの活動を、自分の意志とは無関係に自動的にコントロールしてくれる自律神経。この自律神経は大きく分けると交感神経と副交感神経の2種類あります(第28回参照)。闘争と逃走をつかさどる交感神経の働きが高いと、心身にストレスがかかるので体に悪く、安静と消化をつかさどる副交感神経の働きが高いと、良質な睡眠が取れ、リラックスできるので体に良いと言われています。さらにその副交感神経の中の一つに「迷走神経」があります。

ストレス軽減の鍵を握る二つの迷走神経

黄色の線が迷走神経。脳から体中に張り巡らされていて、いろいろな臓器に関係している

黄色の線が迷走神経。脳から体中に張り巡らされていて、いろいろな臓器に関係している

迷走神経は、脳から体中に張り巡らされていて、いろいろな臓器に関係している副交感神経の中でも特に重要な神経です。

これまで迷走神経は脳神経の一つと考えられていたのですが、行動神経科学を研究するスティーブン・ポージェス(Stephen Porges)博士の発見したポリヴェーガル理論によると実際は腹側迷走神経(Ventral vagus)と背側迷走神経(Dorsal vagus)の2種類あると言われています。腹側迷走神経は心臓や肺などを囲み、「うれしい」という感情や愛情、人とのつながり・関係といった領域もつかさどっており、もう一つの背側迷走神経は横隔膜より下の肝臓や胃、腸などの内臓を囲んで、危険を察知したときに緊張や恐れで体を硬直させる働きがあります。

副交感神経を刺激すれば体に良いと思われがちですが、実はその中でも腹側迷走神経が優位であるほど交感神経の働きを抑えるので体にとって心地よく、この腹側迷走神経を刺激することでがん細胞が小さくなった研究結果もあります。

そしてこの迷走神経の働きは心臓の動きと大きく関わりがあります。

健康やメンタルヘルスを左右する心拍変動

一般的に心拍数は1分間で60〜80回と言われていますが、実は迷走神経から心臓へ情報が何も送られないと、心拍数は1分間で100回ほどあります。迷走神経からブレーキの役割としての情報が送られて、初めて安静時の心拍数に戻ることができます。

迷走神経が心拍数を下げてくれているのですが、心拍と心拍の間隔は細かく見ると一定ではなく、短くなったり長くなったりとさまざまなリズムで変化してその差は人によって異なります。

この心拍間隔の差が実は肝心で、心拍変動(Heart Rate Variability)と呼ばれており、この心拍間隔のゆらぎの数値(HRV)が高いといろいろな状況に適応しやすくなるので、体には良い状態とされています。

逆にこのHRVが低いと、高血圧やがん、メタボリックシンドローム、糖尿病、慢性的な痛み、またうつ病などのさまざまな疾患を引き起こすのでとても重要な数値なのです。

HRVが高いとメンタルや体調も安定して、脳の柔軟性が高まったり、記憶力アップ、免疫力アップ、長寿などにもつながってくるでしょう。そして反対に言うとくじけない人たちはHRVが高い状態で維持できるのです。

まさにトップアスリートたちはHRVを上手にコントロールしているため、体はもちろんメンタルも安定し、緊張するような場面でも最大限のパフォーマンスを発揮できるのですね。

呼吸法を実践しましょう

コロナ禍の影響でメンタルのアップダウンが激しくなってしまった人は、このHRVが低い可能性があります。でも安心してください。心と体は脳からの情報によって影響を受けるだけではなく、体から脳へ新しい情報を送ることで変わることもできます。

呼吸と心拍数は密接につながっています。肺は心臓を囲むように位置しているので、呼吸するたびに肺がポンプのように心臓を刺激し、その呼吸という動作によって腹側迷走神経の働きを高めていきます。腹側迷走神経が大切な理由は体からの情報を脳に伝えてHRVを高めるように改善してくれるからです。

下記で説明している心臓呼吸をゆっくり練習して、ストレスに飲まれそうな状況でも健康的な状態に切り替えていきましょう。

★迷走神経を刺激する心臓呼吸★

それでは、迷走神経を刺激する特別な呼吸法をお伝えします。

まずは目をつぶり、顔、肩、腰の力を抜いて、リラックスした状態を作ります。

心臓の上に手を当て、そこに意識を持っていきます。手の中にある心臓へ酸素を巡らせていくようなイメージで、ゆっくりと5秒かけて息を吸い、5秒かけて息を吐きます。

次に感謝の気持ちを思い浮かべます。ちょっとした優しさを受けた時のことやお世話になった人を思い出して、その時のぽかぽかした感覚を心臓で感じてみましょう。

そしてそのぽかぽかした温かく、うれしい感覚を身近な人たちを思い浮かべて包み込むように広げていきましょう。さらに遠くの見知らぬ世界中の人や自然や宇宙にも温かい気持ちを広げていきます。心臓に意識をあてたままゆっくりと呼吸を行い、感謝の感覚をシェアしていきましょう。

心に休息が必要になったときは、座ったままでも床に寝転がったままでも大丈夫です。5分で良いのでこの心臓呼吸を行ってみましょう。

まとめ
(1)ストレスが強い=交感神経の働きが強い
(2)交感神経が過剰に働いていると病気になる
(3)腹側迷走神経は交感神経の働きを抑えることができる
(4)心臓呼吸をすると腹側迷走神経の働きが高くなる
(5)心臓呼吸を実践して、ストレスに負けない健康的な心と体にしていきましょう!

(2020年9月19日号掲載)

瓜阪美穂〈筆者プロフィル〉
瓜阪美穂(うりさか みほ)  理学療法博士、整形臨床スペシャリスト。ニューヨーク州立大学ビンガムトン校を卒業後、南カリフォルニア大学理学療法博士課程を修了。ブロードウェイミュージカルのダンサーの理学療法士としても活躍中。米国の理学療法により、自身の身体に興味をもち、正しい動作を生活に取り入れることを目的に治療や指導を行っている。
★身体に関する皆様からの質問も受け付けています。
【ウェブ】https://omptny.com/ja/

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