〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」
マクロビオティック・レストラン(15) 「ぼくが行ってみよう」代わりに澤田君が立ち上がった。「いま、八十五ドル出せば、空席があるから、乗せて…
マクロビオティック・レストラン(15) 「ぼくが行ってみよう」代わりに澤田君が立ち上がった。「いま、八十五ドル出せば、空席があるから、乗せて…
マクロビオティック・レストラン(14) 「グッドラックというのは、日本語で何と言うの?」 「幸運」 「一筆、書いてくれないか?」 「えっ?」…
マクロビオティック・レストラン(13) 「ヨーロッパまで、いくらするの?」 何か月にもわたる旅だから着く場所はヨーロッパのどこでもいい。着く…
マクロビオティック・レストラン(12) 書店をクビになってしまいました。アップタウンの店を閉めることになったからですが閉めると告げられたのは…
マクロビオティック・レストラン(11) スペイン語専門の書店に行ってみました。スペイン語では、どう訳されているのだろうと。もし『日もまた昇る…
マクロビオティック・レストラン(10) 持って帰って読んだ本のなかに『日はまた昇る』がありました。夢中で読んでいるうちに、ふと大変なことに気…
マクロビオティック・レストラン(9) 仕事を変わりました。いまはもうありませんが、百三ストリートにあった『東京書店』です。あのころは、アッパ…
マクロビオティック・レストラン(8) みんな仕事の時間帯が違ううえに、仕事帰りに飲みに行くものもいたりして、四人が顔を揃えるのは眠っていると…
マクロビオティック・レストラン(7) そのころ「バンコートランド」(通称「バンコー」)に住んでいました。四十九ストリートの七番街からちょっと…
マクロビオティック・レストラン(6) おつりを渡すとき相手の掌に触れることがあります。たいていの人の手はやわらかいのに、黒人の手だけは、なぜ…
マクロビオティック・レストラン(5) 仕事をもらったときはあんなにうれしかったのに、乳母車のようなカートを押して、フォークやナイフなどの使い…
マクロビオティック・レストラン(4) アメリカに来た当初は、ビザの問題もあって、働けるかどうかさえわかっていませんでした。運よく見つかったと…
マクロビオティック・レストラン(3) 「そうえん」がオープンしたのは一九七一年、――九十ストリートと九十一ストリートのあいだのブロードウェイ…
マクロビオティック・レストラン(2) まだコンベンショナルな農業が幅を利かせていた時代に(福岡正信氏の田を耕さない、肥料をやらない、農薬を使…
マクロビオティック・レストラン(1) 早いもので「そうえん」がオープンしてから、四十年が過ぎました。創業者のガイさんから引き継いでからでも、…
マクロビオティック(6) マクロビオティックの語源は、西洋医学の父と呼ばれる古代ギリシアのヒポクラテスの唱えた「マクロビオス」に由来していま…
マクロビオティック(5) 桜沢如一の説く健康の六大条件は、 (1)疲れない (2)ご飯がおいしい (3)よく眠れる (4)物忘れをしない (…
マクロビオティック(4) マクロビオティックは、故・桜沢如一(海外ではジョージ・オーサワとして知られている)が確立した日本の伝統的な玄米菜食…
マクロビオティック(3) 私が「そうえん」で働き始めた1970年代はじめは、マクロビオティックを知っているアメリカ人はきわめて少数でした(大…
マクロビオティック(2) 本格的にマクロビオティックを始めたのは「そうえん」に入ってから数カ月後です。飛行機に乗る時も玄米弁当です。機内食に…