川村元気 今、この世界で何が起きているかに気付きたい

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川村元気

 

BOUT. 282
映画プロデューサー、小説家 川村元気に聞く

初小説『世界から猫が消えたなら』米国でリリース

「君の名は。」「未来のミライ」「ドラえもん のび太の宝島」「電車男」…。映画プロデューサー、脚本家、映画監督、絵本作家、とさまざまな顔を持つ日本を代表するヒットメーカー、川村元気さん。2012年に発表した自身初の小説『世界から猫が消えたなら』は、100万部を優に超えるベストセラーとなり、今年3月には、英訳版『If cats disappeared from the world』が北米でリリースされた。今後の活動も含めいろいろとお話を伺った。

ご著書がアメリカで出版されることになりました。どういった経緯で英語版の発刊に至ったのでしょう。

川村 もともと2012年に出版された私のデビュー作で、映画化もされ、国内では140万部のベストセラーとなりました。中国や台湾、韓国などアジアではすぐに出版されたんですが、日本の小説って、なかなか欧米では出版されにくくて。

それがまずはフランスとドイツで出版が決まったとお聞きしました。

川村 最初はフランスだったかな。その後に立て続け、でしたね。間に入ってくださった講談社さんが、ヨーロッパと北米のセールスをやってくれたんですけれど、丁寧にロンドンのブックフェアーで売り込んでくださって、イギリスでは去年の9月に発売されて、FOYLESという書店では3位になりました。

すごいですね!

川村 イギリスではすでに8万部ほど売れていると聞いています。それで今回、北米も決まりました。日本でこの小説が出たのは2012年10月だったので、7年がかりです。(笑)

アジア〜ヨーロッパと巡って…。

川村 最後に、北米なんですよね。だから日本の文芸界において、北米で出版っていうのは一番ハードルが高いのかもしれないです。最近だと(村田沙耶香さんの)『コンビニ人間』が話題になりましたが、村上春樹さんなど一部の人気作家を除くと、アメリカで出版されるチャンスは少ない。

英語版が出版する際に、翻訳家の方にお願いした点はありますか。

川村 今回(翻訳してくださった)エリック・セランドさんは「猫の客(The Guest Cat)」という、欧米でベストセラーになった小説を翻訳された方でして。最後は二人で直接会って、1文字1文字チェックして、意見を交換して、そこまでしてくださいましたね。

では、納得されたモノができたのでは。

川村 そうですね。素晴らしい翻訳をしてもらったと思います。『世界から猫が消えたなら』という作品は、歌詞のようであり、音楽的な表現をいっぱい使っていると、よく言われるんですね。小説表現というよりも、ちょっと、詩と小説の中間みたいなところもあったりとかして。

翻訳が難しそうです。

川村 そうなんです。そのトーンというか、音楽的なところをエリックさんは理解してくださって。そこも含めて、丁寧に訳してもらったなという印象ですね。

 

川村元気

 

なるほど。日本語版を拝見した時に、米国社会でも同じ感覚を呼び起こす内容かなと思いました。海外でも映画化されておかしくない作風に思えたのですが…。

川村 あ、すでにハリウッドからも何件か映画化のオファーをいただいてますね。

そうなんですね!

川村 うまく進むといいなって感じです。(笑)

今後、世界的な作品になる可能性もあるわけですね。

川村 もうすでに(日本版の)映画に字幕がついて(世界に)セールスされているので、それを見て問い合わせがきたりとか。本に関していうなら、イギリス版を読んだハリウッドのプロデューサーから連絡がきたりとか。改めて、本の持つ力を感じますよね。

なるほど。楽しみです。

川村 もともと映画人なので、(ハリウッド版の)映画化に期待しています。日本でも映画化されたから、次は、北米や中国でもなってほしいなと。

執筆の段階で、映像をイメージされているのでしょうか。

川村 小説を書く時は、せっかくなのでなるべく映像が苦手とすることを表現しようと思っていて。『世界から猫が消えたなら』と文章で書くと、読者はその世界を瞬時に頭の中で作ってくれるわけですが、映像だとどうやって「猫が消えた世界」を表現すればいいのか…困っちゃうわけですよね。

確かに。(笑)

川村 何をどうやったら(映像で)猫が消えた世界を表現できるのか。映像で表現しづらいことを小説で書いているんですね。それは、僕が普段、映像を作っていて、小説の持つアドバンテージみたいなものを意識しているからだと思うんです。

ということは、逆に映画化は非常に難しいとも言える…。

川村 そうなんです(笑)なので本作の映画化には、大きな矛盾があります。映像にならないものを書いていて、それが映像になるという矛盾を抱えているので、難しかったと思います。でも、そこから面白いもの作ったりすることも、映像の世界ならではと思うんです。なので、ハリウッドがどうやってこれを映像にするのか楽しみにしてますけどね。勉強も兼ねて関わっていきたいです。『君の名は。』もハリウッドで実写映画化されるのですが、そのプロジェクトにも参加しています。

ビッグニュースでした。

川村 いまJ・J・エイブラムスと、ニューヨークに住んでるマーク・ウェブ監督と一緒に脚本を作っていますが、とても面白いです。内容は、(日本版と違って)ネーティブアメリカンの女の子とシカゴに住む白人の男の子の体が入れ替わるところから始まるっていう設定なんですけれども。

なるほど。

川村 神道とネーティブアメリカンの持っている精神性がかなり近いと、彼らは言います。先祖からの言い伝えとか、そういう世界観。

海外でこれから活動していくことが増えそうですね。

川村 今までは、日本の仕事が8割とか9割くらいでしたけど、今後は、半分が日本で、残り半分が北米、ヨーロッパ、中国になっていくと思いますね。

その中でもニューヨークはとてもお好きな街と聞きました。

川村 世界でいちばん好きな街です。今回で10回目くらい(の渡航)ですかね。ニューヨークが好きすぎて、ニューヨークで仕事をする理由を作ってる(笑)。すでに今、三つくらいのプロジェクトがありますから。

いいですね(笑)。この街のいちばんの魅力は何でしょうか。

川村 いつ来ても必ず新しいカルチャーがあるということじゃないでしょうか。入れ替わりが激しい。街のムーブメントも、ソーホーがにぎやかだったと思ったら次はロウワーイーストで、ブルックリンが面白くなってきたと思ったら、今度はクイーンズが面白いってなったり。で、ブルックリンが一通り開発されたら、ロウワーイーストに戻ってきて、みたいな。ホットスポットがどんどんどんどん移っていく感じが好きですね。カルチャーにしても、アートにしても、音楽にしても、フードにしても、絶えずその時に旬のものがそこにある。飽きることがない。何回来ても新鮮。ただ歩くだけで楽しい。

そのニューヨークの出版社からご自身の本が出るというのは…。

川村 すごく感慨深いです。他にもニューヨークでの仕事も始まりつつあるので、好きな街に引き寄せられている感じはありますね。

今後の目標を教えてください。

川村 僕みたいに映画や音楽を作り、小説も書き、といろんなことをやっているからこそ、できることもあると思うんです。この世界で今、何が起きているか。それに気づいていくこと。東京だけじゃなくて、ニューヨーク、ロンドン、パリなどでも同じような人間の問題だったりとか、欲望とか不満とかがあったりするわけですよね。そういうユニバーサルなテーマに気づく。それを非常にドメスティックに書くということを小説ではやりたいなと思っています。結果、僕の小説は全て海外で出版されてるんです。『君の名は。』にしても「世界でウケよう」と思って作ったわけじゃないんです。ドメスティックで、神道的な、何かこう、自分と誰かとつながってる、そんな話ですよね。自然の中で、実は自分と他人じゃなくて、IとYOUじゃなくてWEで考える。どこかで会ったことがあるような気がするっていう感覚。非常にジャパニーズな話なんだけど、ヨーロッパとか北米の人たちがこの感覚が分からないかって言うと、みんな分かるんですよ。その感覚をちゃんとエンタテインメントにできたら面白いなって思っています。自分たちが気づいていることをちゃんと物語にしたい。それは意外と世界に通用するモノだと思っています。

それでは最後に、ニューヨークに住む日本人にメッセージをお願いします。

川村 ニューヨークに住んでる時点で、僕からしたらうらやましいです。やっぱり、世界で一番多様なものを受け入れている街に住まわれているわけですから、それだけで。この「世界から猫が消えたなら」という小説は、非常に日本的な感覚で書いた作品なんです。何かを失くしたところから、その存在の価値を見つけていく、という発想の仕方、それ自体が非常に日本的だと海外では言われてきました。その、日本人的な発想から生まれた物語が、この街でどれだけ通用するか、受け入れられるか、それが楽しみなんですね。なので、この街にお住まいの皆さんには、日本人の感覚を存分に、ここニューヨークで花開かせてほしいなと思います。

川村元気(かわむら・げんき) 職業:映画プロデューサー、小説家
1979年横浜市生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業。映画「電車男」「告白」「悪人」「モテキ」「君の名は。」など数々のヒット作を世に送り出す。初めての小説『世界から猫が消えたなら』はベストセラーになり、英語を含む15カ国語に翻訳される。2018年、初監督映画「DUALITY」がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に選出された。5月15日には、認知症と記憶をテーマにした小説『百花』が出版された。20年に開催される東京五輪の開会式・閉会式プランニング・チームのメンバーに就任している。

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If cats disappeared from the world
Hardcover : 176 pages
Publisher : Flatiron Books (March 12, 2019)
Language : English
Product Dimensions :6.1 × 0.8 × 7.6 inches

If cats disappeared from the world

2012年に日本で発売され、200万枚以上を売り上げた自身初の小説『世界から猫が消えたなら』(マガジンハウス)の英訳版「If cats disappeared from the world」=写真=が3月12日、米国でリリースされた。同作はすでに14以上の異なる言語に翻訳されている。翻訳はEric Selland。

〈あらすじ〉
世界はどう変化し、人は何を得て、何を失うのか。30歳郵便配達員。余命あとわずか。陽気な悪魔が僕の周りにあるものと引き換えに1日の命を与える。僕と猫と陽気な悪魔の摩訶不思議な7日間が始まった。
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消してみることで、価値が生まれる。失うことで、大切さが分かる。感動的、人生哲学エンタテインメント。

 

(2019年5月18日号掲載)

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