〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(26)

私は五人兄弟の長男です。一年の約束でしたから両親は私が帰国するのを毎日、カレンダーを見ながら待っているはずです。私は兄弟のなかでは、いちばんかわいがられていたと思います。中学生のとき父親から東京の慶応高校に行かないかと言われたくらいですから。もちろん断りました。家族から離れて暮らすのは淋しいし、お金もかかります。弟たちを大学にやるためには私ひとりが親の金を消費するわけにはゆきません。(弟たちは、一人を除いて全員大学に行き、卒業しました。私が両親を最も誇りに思う部分です。)
帰国したら両親といっしょに暮らしながら何か商売を始めるか、また勤めに出るつもりでいました。もし、そうなったら両親はどんなによろこぶかしれません。――だが勤めに出るにしても何か商売を始めるにしても、特にやりたい仕事というものがない。情熱が湧いてこないのだ。仕事でも芸術でも情熱がなかったら、時間をむだにするだけです。人間に与えられた時間というのは限られています。やはり自分の意思に従って生きることのほうが、親孝行することよりも大切なことではないかと考えるようになったのです。
旅の影響は否めないでしょう。――けっして楽しい旅ではなかった。それどころか、苦しい旅だったというのが私の実感です。「奥の細道」の芭蕉でさえ、曾良という弟子を同行させているし、期間も百五十日と私より六十日短かかった。物事には必ず二面あって、苦しい旅だったからこそ、学ぶことも多かったと考えています。あれがもし女とふたりで旅していたら、楽しいかもしれないが学ぶことはすくなかったでしょう。人は苦しみに直面して、はじめて人生の真実を知るようになるのかもしれません。
アメリカに戻ってきた時点で、一年半がたっていました。約束の期限はすぎています。
あと一年だけ、というのが私が出した結論です。(半年働いて半年旅行するつもりでした。)帰るころには出発してから二年半たっているわけで、両親の悲しみはどんなに大きいかしれません。しかし帰らないと決めたのではなく、帰国するのを一年半、先延ばししただけです。
(次回は5月25日号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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