〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(41)

七十年代の「そうえん」は、天井からぶら下げられた四張りの丸い提灯、無数の人間に踏みにじられたワイン色のカーペット、おそらくこちら側半分だけが本物の赤褐色の煉瓦の壁、棚の上の穏やかな仏陀の頭、壁際に九つずつ行儀よく並べられた褐色のテーブル、耳に聞こえてくる尺八の音色、薄暗い店内と、まるで仏寺にいるような雰囲気でした。
ウエストエンド・アベニューからリバーサイド・アベニューにかけての一帯は、ゾーニングによる規制で商業用店舗は一軒もなく、築後百年の建物がずらりと並んでいます。だが、ウエストエンドから一ブロック離れたブロードウェイに出ると、様相は一変します。ホームレスか失業者の溜り場のようなコーヒー・ショップ、肥満客が目立つギリシア系アメリカン・レストラン、家賃が上がるたびに店舗を縮小してゆく花屋、間口が二メートルもないテレビ、ラジオの修理店(オーナーはプエルトリコ人で妻は日本人)、窓口だけのタバコ専門店、ケミカル・バンクの隣はカバン屋、その隣が親娘で経営する靴修理屋、「そうえん」の隣は北側が肉屋で南側が小さな自然食品店。ユダヤ人専門の書店もあります。規模は小さく、黒い帽子と黒装束に身を包んだひげだらけの客がたまにいるだけ。ふつうの本屋も、もちろんあります。私もたまに寄りますが日本ほど整頓されていません。本屋の前の路上で古本を売る太っ腹な男もいます。どうせ拾ってきたか、もらってきたものでしょう。その隣は路上いっぱいに広げて、ガレージ・セールで集めてきたようなガラクタ品を売る男。手にとって見るものもいます。中古のジーンズ、革ジャン、腕時計、自転車などを道の一角に広げている怪しげな男もいます。多くが盗品でしょう。カード占いのおばさんもいます。椅子にちょこんと座って客を待っていますが客がいるところなど見たことがありません。中古のレコードを路上に広げて売っているものは、ちょっと離れたところから見ています。
(次回は1月第4週号掲載)
〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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