〈コラム〉熊と花粉

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第152回

今年の4月以降の野生の熊による被害は例年になく多く、10月になると連日のように報道された。岩手県では70代の女性が襲われて死亡している。

昨年は山の木の実が豊富で、そのために子熊がたくさん生まれた。しかし今年は森の恵みの実りが悪く、エサ不足のために、冬眠前の熊たちが人里に数多く出没したのではないかという。熊が発見されると殺処分にされてしまうが、それでは根本の解決にならない。

筆者が所属する倫理研究所では「地球倫理の推進」のために顕著な活動をしている団体を顕彰する事業を行ってきた。2009年に第11回地球倫理推進賞の国内部門を贈呈したのが「日本熊森協会」という公益法人で、現在もしっかり活動している。

日本の奥山の、祖先が大切に残してきた森は、大型野生動物を保全し、土砂災害を防ぎ、陸川海の全生物の命と産業を支えてきた。その滋養豊かな水源の森は戦後に破壊され、スギ・ヒノキなど針葉樹の人工林ばかりになってしまった。

それでは日本の未来はないと、奥山の森の保全・再生や大型野生動物の保護に取り組んでいるのが同団体である。スローガンは「動物たちに帰れる森を、地元の人たちに安心を」。都市市民と地元で協力し合い、奥山の放置人工林の間伐、実のなる広葉樹の植樹などを行い、森の再生に取り組んできた。

初代の森山まり子氏から会長のバトンを受け継いだ弁護士でもある室谷悠子氏は言う──「絶望的な状況には目をそむけたくなりますが、自然との共存なくして人類に未来はありません。母親になった私は、100年先、1000年先に、子どもたちが豊かに生きていける自然環境を遺すためにも、水源の森である奥山再生に人生をかけようと改めて決意しています」。

日本の奥山の荒廃は、野生動物のみならず、人間にも大きな害を及ぼしてきた。それがスギ花粉症である。全国の森林の18%、国土の12%をスギが占め、手入れを怠っているための公害である。

筆者は高校生の頃から、春先になるとなぜかわからないが、くしゃみ・鼻水・鼻詰まり・目のかゆみに悩まされてきた。関東地方では1976年にスギ花粉の大飛散があり、罹患者が急増して騒がれ始めた。筆者の場合は自然に抗体が増えたのか、近年は症状が緩解しているが、すでに国民的疾患になっている。

去る10月11日に岸田総理は官邸で第3回花粉症に関する関係閣僚会議に出席して発言した──「…まず、根本的な対策である発生源対策については、本年度中に、スギ人工林伐採重点区域を設定してスギ人工林の伐採・植え替えを重点的に進めるとともに、伐採したスギ材需要の拡大、花粉の少ない苗木の生産拡大、生産性向上や労働力確保に集中的に取り組んでまいります」

なんとしてもそれを実現してほしい。そして、日本の野生動物を保護するためにも、奥山の再生に政府が声を上げてほしい。民間の活動は大切だが、それだけではとても荒廃に待ったをかけられないのである。

(次回は2024年1月1日号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)『至心に生きる 丸山敏雄をめぐる人たち』(倫理研究所刊)ほか多数。

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