〈コラム〉「そうえん」オーナー 山口 政昭「医食同源」

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マクロビオティック・レストラン(16)

空港で、ちょっとしたトラブルがありました。シートベルトを締めて、あとは出発するばかりだと思っていたら、突然アナウンスがあって、全員降りろと言われたのです。飛行機が東に飛ぶと夜明けを迎えに行くようなものだから、数時間で夜が明ける。「邪魔をしないで」と書かれた手書きの札を首から掛けて早々と眠りについているものもいました。
飛行機ほど、トラブルの多い乗り物はありません。いえ、飛行機そのものではありません。問題なのは、飛行機を取り巻く人間たちです。
乗機する寸前、パスポートに、いちゃもんをつけられ、百ドル出せば見逃してやるとイミグレに脅されたことがあります(アフリカのある国です)。腹は立ったが喧嘩しているひまはない。二十ドルに値切って許してもらいました。ロンドンからニューヨークに向かうとき、機内に持ち込もうとしたバッグがアラームに反応した。中を調べられたが反応するようなものは出てこない。アパートに着いて荷を解いたら、機内に持ち込んだバックの底から大きなナイフが出てきたから仰天した。黒い鞘に入っていたから、わからなかったのです。次はスリナムでの話です。夜、空港に行ったがだれもいない。訊けば私が乗る飛行機は、ポート・オブ・スペインでオランダからの部品を待っているという。「今日は飛ばないと連絡したはずだが」まるで私が悪いような言い方です。「あしたは?」と訊くと。「部品しだいだ」と、しゃあしゃあとして言う。――どれも私が実際体験した話です。
乗客全員がターミナルに集合したと思われるころ、ひとりの男が携帯用の拡声器を持って現れました。「ロンドン行き二〇二六便に不審物が積みこまれた可能性がある、と連絡がありました。ただいまから積みこんだ荷物をいったんお返しして、みなさまの前で再点検させてもらいます」
二日前にラスベガスでTWAの航空機が爆破されていたから神経質になるはずです。私の荷物は、文庫本十数冊、スーツ一着、セーター一枚、下着(上下それぞれ五枚)、洗面道具、ニコマートなど。これら、すべてを机の上に広げさせられました。係員の注意をひいたのが百五ミリの黒革入りのレンズ。一見、爆弾のようにも見えるから、恐る恐る触っています。
数人の係員が乗客二百人の荷物を全部調べ終わったときは、もう午前一時を回っていた。「異常は見つかりませんでしたが、さらに慎重を期するため、あと六時間、離陸を見合わせます」いっせいにどよめきが起こった。六時間というのは、ちょうどニューヨーク―ロンドン間の飛行時間に見合う。つまり爆弾が仕掛けられているとしたら、出発が遅れているぶんも含めて、いまから数時間のうちに爆発するはずだと。
午前六時十分。私たちを乗せた機体は、ようやく移動を開始しました。が、ふだんより滑走時間が長いような気がします。ぐるぐる回るだけで、いっこうに飛び立つ気配がない。ひょっとしたら震動で爆発させようとしているのかもしれない。いちおう荷物は全部調べたが人間のすることである。見過ごすことだって、ありうる。――やがて意を決したように、ぐんぐん速度を上げ、いっきに浮上した。もう観念するしかありません。    (次回は12月15日号掲載)

〈プロフィル〉山口 政昭(やまぐち まさあき) 長崎大学経済学部卒業。「そうえん」オーナー。作家。著書に「時の歩みに錘をつけて」「アメリカの空」など。1971年に渡米。バスボーイ、皿洗いなどをしながら世界80カ国を放浪。

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