〈コラム〉「信用」が利益を生む

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第119回

拙宅の近くに、餃子の直売所がオープンした。ビル1階のわずか6畳ほどのフロアは、壁の一面に大型冷凍庫が据え付けられ、中には1パック18個入りの冷凍餃子が。横では利用方法を解説するVTRがエンドレスで流れている。

餃子は2パック36個が1000円、特製ダレは200円、保冷パックが100円。持ち帰りの袋は無料。そこに店員はおらず、料金は箱に入れるというアナログな賽銭スタイル。もちろん釣り銭は出ない。

24時間営業のこの持ち帰り専門「餃子の雪松」の直売所が、関東を中心に急増している。

双方が接触をせずに交易する方式は、大昔から世界各地にあり、無言交易とか沈黙取引などと呼ばれる。かつて『梅干と日本刀』(祥伝社)がベストセラーになった歴史学者の樋口清之博士(1909〜97)は、京都府木津川市の浄瑠璃寺の門前で行われてきた無言交易をこう紹介した。

──参道の軒下に四季おりおりの野菜や果物が袋に入れて吊るしてあり、その横に、「持って帰る人、お金を入れてください」と書いた竹筒が置いてある。尋ねてみると、いままでお金を払わずに持って帰った人はいないという。もちろん、監視しているわけではないから正確にはわからない。が、集計してみると、袋の数と竹筒の金額は、いつもきちんと合う。商品や竹筒を見守っている人は誰もいない──

江戸時代には村人や旅人が通過する峠にわらじが置いてあり、代金を竹筒に入れる方式はどこでも行われたという。今でも、採れたての野菜を農家が庭先に置いておく無言交易は、各地に見られる。江戸の越後屋という呉服店(のちの三越)は沢山の傘を用意しておき、雨が降ると通行人に気前よく貸し出した。傘には番号が付けられ、「越後屋」と大書してあるので、大いに宣伝にもなったらしい。「番傘」の名はそれに由来する。その越後屋は「掛値なしの正札販売」という新しい信用商法を開発した。

信用第一の月賦販売制度も、アメリカ的な近代商法から生まれたのではなく、古くから瀬戸内海で発達していた。さらに樋口博士によれば、人間の相互信頼を、世界に類がないほど極限にまで推し進めた商法が日本で生まれた。それは配置売薬、いわゆる「富山の薬売り」である。

富山の冬は雪が深く、労力が余る。そこで一般の農民が、薬屋さんの手伝いとして配置売薬人を勤めるようになった。方々の村を訪ねて家々に薬を置き、ほぼ1年後に集金に回って、新しい薬と差しかえる。これは、月賦販売よりもさらに大胆な、まったくの信用販売制だ。現物先渡しで、現金は完全な後払いである。

「信用されたら信用を返す」──それは米作りを産業の中心にしてきた日本の共同体における相互扶助のルールに等しい。今日でも日本人の心に、そのルールはしかと息づいている。相互不信を前提にした他国の商法とは異なる文化にほかならない。

ためしに買ってみた「雪松」の餃子は、野菜たっぷりのタイプで、ニラのパンチが効いている。皮は薄く、サイズはやや小さめで食べやすい。この食品メーカーのような無人販売所が、消えてしまわないことを祈りたい。

(次回は3月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『経営力を磨く』(倫理研究所刊)。

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