〈コラム〉「常識の逆転」を身につける

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第122回

人間の成長とは、「壁」を破っていくことだと思う。思い込みが築く壁、生活習慣が形成する壁など、色々な壁に囲まれた自分がいる。記憶のない乳幼児期につくられた心の壁のようなものもあるだろう。

筆者の大学の同窓生の白石豊氏(福島大学名誉教授)は、種々のジャンルのスポーツ選手を独自のメンタルトレーニングによって育ててきた。セルフイメージを変えると、成績が断然よくなってくる。たとえば「自信」について彼は言う──「自信の大きさは、過去の実績に比例する」と考えるのは間違っている。試合に勝ったから自信がついたのではなく、なんらかの手立てで、試合にのぞむ前にあらかじめ自信をつけ、その結果として成績が上がるものなのだ。試合前の「うん、なんとかやれるんじゃないか」という感じが大切である、と。

今年のマスターズ・トーナメントに「名誉スターター」として招かれた3人の名選手の1人にジャック・ニクラウスがいた。帝王と呼ばれた彼は数々のピンチの時にどう考えただろう。
「おい、ジャック、君はこれまでにあらゆるメジャータイトルを取り、世界で何十勝もしてきたじゃないか。だから今度だって大丈夫さ」。
白石氏によると、ニクラウスは絶対にそうは考えなかった。正解はこうだ。
「おい、ジャック、君はこれまでだって何度も、こんなピンチを切り抜けてきたじゃないか。だから今度も大丈夫、きっとうまくいく」。

過去に輝かしい成績をあげたプロでも、それが次の試合の自信につながるとはかぎらない。むしろかつてピンチを克服した体験の方が自信の基になるという。マスターズで悲願の初優勝を遂げた松山英樹プロはどう考えたか、ぜひとも聞いてみたい。

良い結果が自信を生むのではなく、自信が良い結果を招く──ここに常識の逆転がある。そしてその逆転が、自分の壁を破る上で大きな力になる。筆者は祖父の丸山敏雄が提唱した純粋倫理という生活法則を世に伝える仕事をしているが、そこにはたとえば次のような常識の逆転がある。
(1)「何事も一向に苦にせぬ人がいる。いつも朗らかで、その人がグループに入ると、急に明るくなる、皆朗らかになる…こうした人は、いつも幸福に暮せる。人は、幸福に暮しているから朗らかなのではなく、朗らかにしているから、幸福な事情がつぎつぎにあらわれて来るのである」(丸山敏雄『人類の朝光』)
(2)「うまく行かぬから、望みを失うのではない。望みをなくするから、崩れて行くのである」 (同上『万人幸福の栞』)
(3)「悪人だから信じられぬというのが常識であるが、悪人だから信ずる。信ずるから悪をしないのである」
(同上)

いかがであろう。われわれが常識と思っている事柄とはまるで正反対のことが真実という場合がある。当然と思ってやってきたことが、とんでもない間違いだと知らずにいる場合も少なくない。
逆転の常識に気づいて実行すると、自分を閉じ込めていた壁に風穴があき、やがて壁そのものが取り払われていく。

(次回は6月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。一般社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)ほか多数。最新刊『経営力を磨く』(倫理研究所刊)。

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