〈コラム〉千年に一度

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丸山敏秋「風のゆくえ」第29回

日本の夏祭りを代表するのが京都の祇園祭である。ハイライトは32基の山鉾(やまぼこ)が都大路を華やかに巡行する「山鉾巡行」で、毎年7月17日に行われる。この日付は『旧約聖書』創世記にも出てくる。大洪水の水が減り、ノアの方舟がアララト山に漂着した日として。もちろん関係はないだろう。  去る7月14日に京都に立ち寄り、久しぶりに祇園祭の空気に触れた。夕刻の四条通りを人波をかきわけて歩いた。そこかしこに置かれた山鉾から、独特のお囃子が聞こえてくる。浴衣姿の外国人女性も大勢いた。  この八坂神社の祭礼の起源は、平安時代の貞観11(869)年だといわれる。平安京は内陸の湿地帯なので、マラリアやインフルエンザや天然痘などの疫病が発生しやすい。貞観年間にはそれが全国に大流行した。疫病神を鎮めるための祭儀が、華麗な祭礼へと洗練されていったのである。  貞観11年といえば、東北地方の太平洋岸で巨大地震が発生したと『続日本紀』に記録がある。2011年の東日本大震災が「千年に一度」と言われたのはそのためだ。5年前の貞観6年には富士山が大噴火している。溶岩流は北西山麓を広く覆い尽くし、そのあとに現在の青木ヶ原樹海が生まれた。山の神の怒りを鎮めるため、周辺にいくつも浅間神社が建立された。  「貞観」とは中国唐代の太宗の治世に使われた元号で、その善政にあやかって平安時代にも用いられた。ところが日本の貞観年間は、天災や疫病がつづく悲惨な時期になってしまったのである。  「千年に一度」とはややオーバーな言い方だが、アピールの効果は大きい。昨年5月の金環食も、日本であれほど広い範囲で見られるのは「千年に一度」と言われた。実際は932年ぶりだったが、平安末期の人々もあの眩(まばゆ)い天体ショーを眺めたのかと思いつつ空を仰いだ。  ふだんわれわれは目先のことにばかり気を奪われ、齷齪(あくせく)と日々を過ごしている。千年という長いスパンで自然現象や歴史を捉え、未来を見つめるのは悪くない。不測の出来事への覚悟も違ってくる。NYは地震の心配はないだろうが、千年単位で見たら、果たしてどうなのか。どんな災害や異変が起きても不思議ではない。  地球の「歴史」から見たら、千年などアッという間にすぎない。いま少し気になるのは、太陽の異変である。太陽観測衛星「ひので」が太陽極部の磁場反転の情報を伝えている。専門家の間ではスーパーフレア(巨大爆発)の発生も懸念されているという。  平安時代はマラリアも流行したから、世界は温暖化していた。もちろんCO2の影響ではない。近年の温暖化も、おそらく太陽と関係が深いのだろう。「千年に一度」が、何かまた起こるのかもしれない。
(次回は9月第2週号掲載)

maruyama 〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数

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