〈コラム〉ケン青木の新・男は外見 第62回

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注文服と既製服  part 7

464c 前回、和服と洋服の哲学・思想の違いについて触れました。もう少し踏み込んでみましょう。お話は紀元前の地中海沿岸、2000年以上前にさかのぼります。当時はこの地域だけが“世界”でした。この時代、文化・芸術面で対照的だったのが古代ギリシャ・ローマと海を挟んで対峙(たいじ)した古代エジプト。
片や海の民、片や砂漠の民。海は文字通り命の母、同じ波は二つとなく、荒れたり凪(な)いだりまさに生き物。対して砂漠はときに砂嵐はありますが、夜は静寂が辺りを包み、死の世界が身近に感じられます。両者を比較してみる時、こうした環境と気候的要因がかなり本質の違いを創り出しているように思われるのです。
すなわちギリシャ・ローマの彫刻は正中線が曲がり、生きている人間の躍動感を表していると言えないでしょうか。例えば古代オリンピックの円盤投げの彫刻は足の指が砂をぐっとつかみ、踏ん張る筋肉の動きまで見事に生きている人間そのままに“立体的またアシンメトリー”に表現、ミロのビーナスも、体を少しねじり、女性らしいバストやヒップの曲線をより豊かに魅力的に見せているようです。彼らの思想の根底には、“生きる喜び”の表現があるのです。今日でもフランス語のジョワ・ド・ヴィーブル、耳にしますね。
一方エジプトはどうか!? 彼らの彫刻や絵画を見るとギリシャ・ローマと全く対照的に見えませんか? そう、正中線が真っ直ぐなんです。これは何を意味しているのか? またピラミッドに代表される古代エジプトの建築物にも対照的な直線と左右対称が目立つようです。結論を言えば、エジプトの芸術は“黄泉の世界”すなわち死の世界を強く意識しています。私たちアジアの人間にとって、どちらになじみがあるかと問われれば、やはりエジプトでしょう。私たちが直線と平面、シンメトリーに敏感なのはこうした歴史に育まれてきた意識が原因であるように思います。そして、ズバリその事実が洋服の仕立ての違いにもつながっているのです。それではまた。
(次回は5月第4週号掲載)

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〈プロフィル〉 ケン青木(けん・あおき) ニューヨークに21年在住。日系アパレルメーカーの米国法人代表取締役を経て、現在、注文服をベースにしたコンサルティングを行っている。日本にも年4回出張。

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