〈コラム〉コロナウイルスと日本人

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第111回

日本人のコロナ死者はなぜ少ないのか?

前回も話題にしたことだが、興味は尽きない。5月21日の読売新聞によると、慶応大など8大学と研究機関は、新型コロナウイルスの感染に関する遺伝的要因を調べる共同研究班を発足させた。名称は「コロナ制圧タスクフォース」と厳めしい。日本人が欧米に比べ人口当たりの死亡者数が極めて少ない点に注目し、重症化を抑制する遺伝子を探すのだという。

日本人は日常的にマスクの使用率が高く、習慣的によく手を洗う。街中は清潔で、医療レベルは優れ、BCGワクチン接種が義務づけられてもいる。そのほかにも死亡者数が極端に少ない原因として、遺伝的な要素が背景にあるかどうかを大規模に調べるのが同研究班の目的である。9月ごろには出る研究成果に注目したい。

人間を人間たらしめている遺伝子の総体を「ゲノム」と呼ぶ。人間からイヌが生まれないのは、ゲノムが違うからである。30億もの文字で書かれているヒトゲノムは2003年に解明され、なお果てしない細部の研究が進められている。

ただし個々の人間は、ほんの少しずつ遺伝子が違う。白人も黒人も黄色人種も、ゲノムそのものに違いはないが、皮膚の色や身体的特徴は、複数個のわずかに異なった遺伝子の組み合わせによって決まる。日本人は元来脚が短い。何かと互いに脚を引っ張り合うので、神様は日本人の脚をあらかじめ短めにつくられたというジョークがあるが、本当は遺伝子のなせるわざである。

果たして日本人を特徴づける遺伝子があるのかどうか。

HLAすなわちヒト白血球抗原(Human Leucocyte Antigen)遺伝子のセットをハプロタイプという。それを解析して、日本人を特徴づけたり、国内の地域差をもたらすタイプがあるとわかったのは5年ほど前になる。なんでも大陸から渡来した日本人のルーツには4つのタイプがあり、それとは別に「縄文系」と想定される土着のタイプもあるという。

そのように少しずつ違う遺伝子を持つ人たちが、日本列島に定住し、通じ合う言語や似通った生活習慣を持つようになり、日本人が形成された。昔から「氏か育ちか」がよく論じられるが、遺伝も環境もどちらの要因もあるのが正しい。

新型コロナウイルスに対する耐性(免疫力)にも、両要素があるに違いない。衛生環境の面でいえば、日本人は手をよく洗うだけでなく、家に入るときに玄関で靴を脱ぐ。なぜなら家は、亡き先祖の御霊を迎え祀る場でもあり、つねに清潔に保っておかなくてはならないからだ。

コロナウイルスは、最長12時間、場合によってはそれより長く生存できるらしい。アメリカ疾病管理予防センター(CDC)は4月10日にサイト上の論文で、「医療スタッフの靴底は保菌物として機能するかもしれない。コロナ患者がいる病棟を出る前に、靴底を消毒することを強くすすめる」と注意を喚起している。

コロナ禍はまだつづくが、日本人の特徴を考えたり再認識できたのは、思わぬ副産物といえるだろう。

(次回は7月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『ともに生きる』(倫理研究所)など多数。

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