〈コラム〉闇の中の青い色

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倫理研究所理事長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第44回

この秋、3人の日本人がノーベル物理学賞を授賞したことで、列島は喜びに沸いた。ノーベル賞委員会は青色LEDそのものよりも、低電力で明るく光る白色LEDが、電力の不足しがちなアフリカなどの地域で多くの人々に「光の恩恵」をもたらした点を高く評価。3人の受賞者は、まさしく「人類の役に立つ発明に贈る」というノーベル賞の理念にぴったりだった。
今回の授賞で改めて「色彩の不思議」を思い知らされた。赤と緑と青の「光の三原色」は、混ぜ合わせるにつれて色が明るくなり、ついには白になる。その間でほぼすべての色が現れてくるという。
なんと不思議なことだろう。その昔、色の神秘に魅せられて『色彩論』を書いたのがゲーテだった。ニュートンのように色彩現象は光で説明できるだけでなく、闇もまた重要な要素を担うと主張したのだ。
自然界は多彩な色に満ちあふれている。動物の中には、みずから青色の光を発する生き物もいる。誰でも知っているホタルがそうだ。ホタルイカ、マツカサウオ、ヒカリグモ(ニュージーランドの洞窟にいる)、さまざまな深海魚なども、闇の中で青白い光を発する。
ホタルの光がつくられるメカニズムは解明されている。ルシフェリンというたんぱく質に、ルシフェラーゼという酵素が作用し、ルシフェリンの一部が酸化されるときに放出されるエネルギーが、青白い光になるのだ。
ホタルの光が「求愛のシグナル」であることもわかっている。それぞれのホタルに固有の発光頻度とパターンがあり、さらには色や光る時間帯や飛ぶ高さによって、同種のオスとメスが出会いを遂げる。
ところが北アメリカにいるフォツリスというホタルの仲間は、求愛のためにだけ光るのではない。このメスは他の種のホタルのメスが発する応答信号をそっくりにまねて発光し、近寄ってきたオスを捕まえて食べてしまう。ホタルの成虫はなにも食べないのがふつうなのに、このフォツリスは肉食ホタルなのだという。
ああ、おそろしや。恋に浮かれたオスが、メスの餌食になってしまうとは。彼女(?)たちは巧みに発光信号を切り替えて、同種のオスとは交尾し、他種は食べてしまう。悪女というか、鬼女と呼ぶべきか。そういえば「色」には色欲の意味もあった。色欲に目がくらむと、男も女も、人生の落伍者になりかねない。
色彩は人間の精神に少なからぬ影響を与える。黄色は光に近い色だが、青色は闇に近く、不安で弱々しく、何かを憧憬するような気分をもたらすとゲーテは説いた。闇は単なる光の欠如ではない。闇そのものにパワーが秘められているのだ。
人の行為には善も悪もある。人生行路には禍福があざなえる縄のごとく出来(しゅったい)する。光がもたらす明るい色だけを見ていると、物事の本質は捉えられないであろう。
闇にこそしっかりと目を向け、畏れ慎むべし。――深まりゆく秋の風を感じながら、発光ダイオードとホタルの青い光から、そんな妄想のごとき教訓を得た。
(次回は12月第2週号掲載)
maruyama
〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき)
 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。

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