〈コラム〉首と頭を柔らかく

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丸山敏秋「風のゆくえ」第17回

日本語の「首」という単語は、妙な使われ方をしている。脊椎動物の頭と胴体をつなぐ部分が「くび」と呼ばれ、首(あるいは頸)と表記される。人間の首は七つの椎骨が中心にあり、捻ったり、回したり、傾けたりの運動ができる。
その一方で首は、それよりも上の部分、すなわち頭(あたま・かしら・こうべ)も指している。もともと漢字の首は頭のことであった。「首領」も「頭目」も同じ意味である。日本でも閣僚トップの内閣総理大臣のことを「首相」と通称する。知事や市町村長を指して「首長(くびちょう)」とも呼ぶ。

日本人は漢字を取り入れてカタカナやひらがなを作りながら、漢字そのものも捨てずに使いつづけたところがすごい。そのため実に豊かな日本語表記の世界が生まれた。ただし「おやっ?」と思う場面もある。首と頭の混用もその一つだ。戦国時代には敵の大将の首を取るのが殊勲とされた。その首とは頭部のことである。「くびになる」とか「くびを突っ込む」とか、面白い表現も色々ある。
ところで現代人の多くは、体のあちこちが硬直している。運動不足も原因だろう。ストレスは体をこわばらせる。「首が回らない」というのも、筋肉(首筋)が硬くなってきているからだ。借金で首が回らない人はともかく、首の回転範囲が狭くなると、いろいろな不都合が生じる。
首が柔らかい子供は、まるでフクロウのように、首を回すだけで後ろまで見えてしまう。年齢とともに回転が鈍くなり、眼も落ちくぼんでくるので、「よっこらしょ」と体ごと回さないと後ろまで見えなくなる。ちょっと試してみてほしい。左も右も、なんとか九十度くらい、首が回るだろうか(どうか無理なさらぬように)。
首筋が硬化してくると、視野狭窄も手伝って、ものの見方まで固定化してしまう。若いときの柔軟な発想ができなくなる。人間関係のトラブルが生じたら、自分の見方に偏りがないかどうかをチェックしたらいい。長所は短所の裏側に隠れていることが多いものだ。一面だけ見て、決めつけるのは早計である。首の凝りをほぐしながら、頭の中も柔らかくしよう。
首の体操は、ただ回すだけでなく、上下にも倒す運動がほしい。できれば屋外で、ゆっくりと首筋の前面を伸ばして天を仰ぐ。そのとき、目をしっかりと開いて、神仏や祖先への畏敬の気持ちを高めながら上を向くのだ。畏敬や敬虔の思いが乏しいと、人は偉そうになる。傲慢になる。
そして次にまたゆっくりと、首筋の後部を伸ばし、大地と向き合うように下を向く。お世話になっている人々のことを思い描きながら、頭(こうべ)を垂れるのだ。
一日にたった5分でも、そんな具合に首を上下する体操ができたらいい。(次回は9月8日号掲載)

maruyama 〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。

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