〈コラム〉覚悟を固めて最善を尽くす

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丸山敏秋「風のゆくえ」第5回

東日本大震災に遭遇した日本人の、冷静で秩序正しい行動を世界のメディアは絶賛した。ところが福島第一原発事故の杜撰な対応が、それを帳消しにしてしまった。「国民は一等だが、政府は三等以下だ」と、外国の友人からも嗤われた。まことに嘆かわしい。
古代インド哲学や仏教では、世界を構成する五つの要素を説く。地・水・火・風・空のそれらは「五大」あるいは「五輪」と呼ばれる。東日本大震災にもそれらの要素が当てはまるだろう。「地」は地震、「水」は大津波、「火」は火災も含めた原発事故、「風」は甚大な風評被害である。
では「空」とは何か。―根拠も計画性も乏しい場当たり的な政治の空白か。それとも被災者の心が受けた非常な痛みや悲しみであろうか。あるいは、目に見えない放射性物質による恐怖であるか。どれもが該当する。
福島第一原発では、水素爆発など深刻な事故が発生して、放出した放射性物質はかなりの量に及んだ。その広がりが判明したのは、ずっと後になってからだ。原発から200キロ離れた東京都内でも、基準値を大幅に超える放射性セシウムが検出された。300キロ離れた静岡県の銘茶まで出荷停止になったものがある。
事故を起こした原発の周囲20キロは、立入禁止区域となった。いずれそこは核のゴミの永久処分場になるのではと噂されている。突然に避難を命じられ、ふるさとを失った住民の悲しみと憤懣は筆舌に尽くしがたい。
小覧の通しテーマである「風の行方」が実際に気になった。放射性物質は上空の風に乗って拡散されるからだ。チェルノブイリ原発事故から2週間後には、8000キロも離れた日本の埼玉県で、正常量をかなり上回るヨウ素131が検出されたという。「原発震災」以来、毎日の風向きをネットで調べ、対応している人が少なくない。
核分裂反応を人為的に起こしてそのエネルギーを利用するのは、原爆(水爆)も原発も変わりがない。原発は安全が命だが、人為に事故はつきまとう。テロリストに狙われたら、たちまち自爆核兵器に変身する。
原発の最大のネックは、大事故による被害がその時期だけでなく、末代にまで及ぶことだ。核燃料物質の処理には気の遠くなるような時間がかかる。
すでに繰り返し核実験が行われ、核兵器が使われ、原発事故も起きた。この地上に生きるかぎり、これ以上の汚染を断固くい止め、子供や若者をかばいながら放射能と共存していく覚悟を固めるしかない。
いたずらに脅え騒いでも、何も変わらない。現実をしかと受けとめ、地球の安泰を最高目標に最善を尽くすことで、未来を拓いていきたい。 (次回は9月10日号掲載)

maruyama 〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『今日もきっといいことがある』(新世書房)など多数。

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