〈コラム〉不動産物件購入における頭金の損失

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礒合法律事務所「法律相談室」

ニューヨーク州では(住宅)物件売買の際、購入者(purchaser)は通常不動産売買契約締結時に購入物件金額の10%の頭金(down payment)を売却者に支払います。その頭金は契約締結時から数カ月後の物件所有権の移行日(closing date)まで売却者の弁護士の信託口座で保管されます。住宅ローンを通して物件購入予定の人から「もしローンが却下された場合、契約解除する代わりに頭金が“没収”されて返って来ないって本当ですか?」という質問を受けます。
契約締結後に住宅ローンが却下され、自己資金での契約遂行が不可能な場合の頭金の返還の有無は、購入者による住宅ローン特約(Mortgage Commitment Contingency)の規定事項の遂行・不履行に左右されます。ニューヨーク州での不動産取り引きではスタンダードフォームという定型契約書が通常使用され、その契約書には、一般的に購入者(の頭金)を保護すると認識されている住宅ローン特約項目が存在します。この特約は基本的に、契約締結後×日以内に、銀行がローンの貸し付けを却下した場合、もしくはローン貸付保証書を発行しなかった場合、購入者には契約を中途解約し、頭金の返還を求める権利が発生する、というものですが、この特約も無条件に購入者を保護するものではありません。
住宅ローンを申請する購入者には銀行が要請する各種の書類、情報の提示、必要経費の支払い、を迅速に行う義務があります。購入者が合理的な理由もなく銀行への情報提示、支払い等を怠り、その結果銀行がローンを承認しなかった場合、契約不履行と見なされます。その場合、銀行によるローンの却下を理由に購入者が契約を解約し、頭金の返還を求めることは困難になります。
また、通常は契約書に申請予定のローン額及び返済期間が明記されますが、購入者が契約規定額“以上”のローン額を申請したり、30年の返済期間のローンを申請する、と契約書に明記してあるにも関わらず、15年の返済期間として申請し、結果的にローンが承認されなかった場合、これも契約不履行と見なされます。
購入者がローン申請を迅速に行ったにもかかわらず、銀行がコミットメント(レター)と呼ばれるローン貸付保証書を指定期日内に発行しない事があります。その場合、購入者には契約を中途解除し、頭金の返還を求めることは可能ですが、これはあまり現実的ではありません。なぜなら、銀行は通常ローン申請後に比較的迅速に条件付貸付保証書を発行するからです。ローン貸付保証書は銀行から発行される書類で、「XYZ、を購入者から受理することを条件とし、ローンを保証する」という事が書かれています。条件の付いていない貸付保証書が発行される事は基本的にありません。一旦(条件付)ローン貸付保証書が発行されてしまうと、ローンは承諾されたと見なされ、ローン特約の保護効果は無くなります。ただし例外として、ローン貸付保証書に指定された条件の一つに銀行による物件の査定(appraisal)の承認が含まれる場合、ローン貸付保証書が発行された場合でも、銀行による物件査定の承諾が行われるまでは、ローン貸付保証書とは見なされません。そのためローン貸付保証書が一旦発行された場合でも、銀行による物件査定の承認が指定期日以内に行われない場合、購入者に契約を終結・解約、頭金の返還を請求する権利が発生します。
当然ですが、前記は一般的にニューヨーク州で通常使用される定型契約書の規定内容ですので、購入者(の代理人)は交渉を通じ購入者を更に保護する契約項目を追記(rider)として契約書に盛り込むことが可能です。
(弁護士 礒合俊典)
(お断り) 本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、法律アドバイスとして利用されるためのものではありません。法的アドバイスが必要な方は各法律事務所へ直接ご相談されることをお勧めします。
(次回は8月第3週号掲載)


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