諦めずにベストを尽くせば道は開ける

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NYで大企業の紛争解決に奔走する日本人訴訟弁護士

SAITO LAW GROUP PLLC代表
米国訴訟弁護士・齋藤 康弘さん

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国際訴訟の最前線で25年

「僕、本当は争い事って嫌いなんです」―。国際訴訟の最前線で25年にわたり戦い続けるその道の第一人者が「争うことが嫌い」とは?

「裁判は小競合いとは違いますから。(裁判とは)戦いながらも人前で『どっちがちゃんとしているか』を見せるものですから。いらない喧嘩(けんか)を避け、腰を落ち着けて、リーズナブルな方向へ持っていくのです」と話すのは、SAITO LAW GROUP PLLC代表の齋藤康弘弁護士。

担当するのは主に企業の紛争や訴訟。「不祥事」としてニュースに上る案件も多い。米国の連邦当局に捜査されたり、起訴された場合に、企業側の代理人として裁判に挑む他、最高経営責任者(CEO)などのシニアエクゼクティブの代理を担当することも多い。

1990年代から2000年代には、山一證券からアーサー・アンダーセンにわたる、会計や金融関係の著名不祥事を数多く担当した。直近でもニュースなどで大きな話題になっている案件を多数扱っており、大手医療機器メーカーが連邦当局に訴追された有名案件や日米の大銀行や商社の著名な不祥事案件、米国とイランの人質交換案件などの国際的な紛争問題にも携わり、日米欧の大企業の紛争解決に奔走している。

留学生から連邦裁判官補佐官へ

今のような米法曹界での活躍の裏には学生時代の挫折と頑張りがある。慶応大学法学部を卒業後、1989年に単身渡米。留学前は「甘ちゃん育ちで、チャレンジ精神とは無縁だった」が、渡航後、意を決して死にもの狂いで勉学に打ち込む。これが人生を変えた。

留学生が入学できることがまれだったロースクールのJD(Juris Doctor)コース(法務博士)に進学。同級生は全て米国人だった。帰国子女でもない齋藤さんは、「これでは落第する」と思って必死に頑張ったという。

その努力の甲斐(かい)あり、ロースクールの1年目の成績はクラスで2番。弁護士の卵たちの青田買いが盛んだった当時、法律に関わる者として一番の出世コースと言わる「連邦裁判官補佐官(ロークラーク)」への引き合いの電話が入ってくるようになる。

もともと、ロークラークになれるのは米国市民のみ。学生ビザ保持者だった齋藤さんには無縁のはずだった。だが、恩人(裁判官)の働きにより、その道が開かれた。

母校に奨学金制度

「連邦の裁判官は、大統領が任命する重要で偉い仕事。そんな立場である裁判官自らが、わざわざワシントンDCにレターを書き、特別措置として採用してもよいか交渉をしてくれていたことを、私は後で知りました。忙しい仕事の合間にそんな手間を掛けてくださったことに感謝」と当時を振り返る。「お世話になった方々、力添えしてくださった方たちに少しでも近づけたら」と、母校に奨学金制度を作った。「齋藤奨学金(Saito International Scholarship)」は、今でも若い学生たちの学びを助けている。

やればやるほど見えてくる人間性

「最初は“訴訟はテクニカル”と思っていたけれども、結局やればやるほど、人間的な面が見えてくるのです」

ストレスで吐いてしまう人、号泣してしまう人―。大型不祥事の際の関係者の精神的負担は並大抵のものではない。その関係者たちに寄り添ってサポートをしながら、経営陣と共に戦っていくのが訴訟弁護士。「パニックにならないで、きちんとやっていけば活路というものは見えてくるものです」と齋藤さんは笑顔で話す。

「どんなに難しい案件でも、思わぬ情勢好転となることもあって…。相手方が突然、力尽きるとか、他の事件に当局の人員が流れてこちらに興味がなくなっていくとか…。こちらには全く想像がつかなかった理由で形勢が急に良くなることもあります。つらい局面でもくじけずコツコツやっていると、そういう『僥倖(ぎょうこう)』が起きた時にうまく取り込める。絶望して諦めていては、取り込めないのですよ。変わったウルトラCをせずとも、その都度考えて、きちんとベストなことを落ち着いてやっていけば、道は開けるものです」

困難なケースを多数かかえる齋藤弁護士。的確な言動と高い分析力で訴訟弁護士として活躍する。

◎情報
SAITO LAW GROUP. PLLC
【住所】565 5th Ave, 7Fl, New York, NY 10017
【ウェブ】www.saitolawgroup.com
〈問い合わせ先〉
【電話】212-880-9559
【Eメール】saito@saitolawgroup.com

(2016年8月13日号掲載)

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