〈コラム〉常識は覆せるか?

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倫理研究所理事​長・丸山敏秋「風のゆくえ」 第102回

植物性の油は動物性の油にくらべて健康によい──そう思っている人は多いだろう。糖尿病患者と医療スタッフのための情報サイト「糖尿病ネットワーク」にも、2016年7月15日の記事として次のように書かれている(以下は要約)。

──長生きの秘訣は「不飽和脂肪酸」で、植物油をいかせば寿命を延ばせる。赤身肉、ラード、バターなどに含まれる飽和脂肪酸は、動脈硬化を進める血液中のLDLコレステロールを増やす作用があり、死亡リスクを上昇させる。これをオリーブ油、キャノーラ油、大豆油、ナッツ類などの植物油に置き換えると、健康上の大きな恩恵が得られることが、12万人以上を30年間追跡して調査した研究で明らかになった──

ところが最近、それとは真逆の研究結果が発表されている。日本脂質栄養学会/糖尿病・生活習慣予防委員会が編集した『糖質なのに脂質(あぶら)が主因!』という報告書がある。サブタイトルには「糖尿病とその合併症予防の脂質栄養ガイドライン」とある。詳細な実験データは門外漢にわからないが、結論はこうである。

──健康増進を目指して各種のガイドラインが公表されている。たとえば国を挙げての「健康日本21」とか動脈硬化性疾患予防ガイドライン、あるいは糖尿病治療ガイドラインなどだが、これらには脂質栄養に関する部分がほとんど欠落しているか、あるいは古いコレステロール仮説にしがみついたものになっていて、間違っている。主要な植物油の摂りすぎが、多くの健康問題を引きおこしているのだ──

なんと、従来の脂質栄養の常識を完全にひっくり返す発表ではないか。コレステロール仮説とは「動物性脂肪の摂取を減らし、リノール酸の多い植物油を増やすと、血中コレステロールが下がって動脈硬化が予防できる」という説で、それがほぼ常識になっていた。ところが、この逆を行う方がよいというエビデンスが集まったのだ。

「コレステロール治療のパラダイムシフトに向かって」として、2015年に発表された日本発のこの新説は、わが国ではほとんど問題にされず、欧米の方で話題にされたという。

その説が正しいとしても、常識の方向転換は容易ではない。多くの医療従事者は、学生時代から刷り込まれた常識を覆すことに生理的な抵抗を示す。コレステロール仮説を支持することが巨大な利益に結びつく強力なカルテル(行政を含む)は、必死で新説を潰しにかかるだろう。

サラダ油やキャノーラ油など身近にある精製植物油や、それを加工してつくるマーガリンやファストスプレッドは、子供たちが口にする食べ物や菓子類に多く含まれている。大人以上に“油漬け”になっている現代の子供たちの健康状態はよろしくない。学者たちや医療従事者は利益優先主義に屈せず、勇気ある判断を示して、真偽を明らかにしてほしい。

そしてわれわれ一般人も、常識を覆すような新説を見聞きしたときには、過去に囚われず周囲に流されない、賢明な判断力を培っておきたいものである。

(次回は10月第2週号掲載)

〈プロフィル〉 丸山敏秋(まるやま・としあき) 1953年、東京都に生まれる。筑波大学大学院哲学思想研究科修了(文学博士)。社団法人倫理研究所理事長。著書に『「いのち」とつながる喜び』(講談社)、『ともに生きる』(倫理研究所)など多数。

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